「なんです?」
「いや…ちゃんと食ってんのかなーと思って」

何の気も無く、並んで廊下を歩いていた2人は、先程まではずっと黙っていた。
虎徹からの視線に耐え切れずにバーナビーが口を開くまでは。

虎徹の視線は先程からずっと、バーナビーの白い腕から動かない。
そんな虎徹を怪訝そうに見つめるバーナビーは、視線から逃げるように虎徹の前を歩いた。

「だって毎日あんなに鍛えてるのに、普通こんな細いままかねぇ?」

言外に、"鍛えているようには見えない"と言われたバーナビーはむっとして、流し目で虎徹を睨みあげる。
本当は拳の一発や二発入れてやりたかったが、両手に大量の書類を抱えているので手は出せなかった。

腕まくりをして露出している腕に書類が擦れるのが痛いが、それは虎徹も一緒なので文句は言わない。

「…大体、何故そんな事を気にするんです?」
「何故って…、んー」
「気にする理由が無いでしょう、家族でも恋人でも無いのに」

バーナビーが冷たくそう返すと、そりゃそうだけど、と虎徹が背後で苦笑したのを感じた。

「やめて下さい、そうやって他人の生活に首突っ込むの」
「他人じゃねぇだろ、一応コンビ組まされてるし」
「他人です」

虎徹は黙って、相変わらず冷たいバーナビーについていく。
彼は、いつになったら少しは人間らしい事を言えるようになるのだろうか。そんな事を考えながら。

足元が見えない量の書類を抱え、バーナビーが階段を降り始める。
少し足元が覚束ない気がするが、気のせいだろうか。

そうやって、人の事ばかりを見ていたからだろうか、それとも足元が見えないからだろうか。
階段を降りはじめたその時、虎徹が足を踏み外した。

「わっ」
「、どうし――」

その声に反射的に振り返ったバーナビーが、倒れて来る虎徹の身体に耐えられず、そのまま一緒に落ちてしまった。
それだけでは無い。

不意に、唇に感じる熱くて柔らかい感触。
バーナビーが一瞬の放心状態から我に返ると、階段下で虎徹に組み敷かれ、唇を奪われた状態だった。

「…――っ!」
「!!」

虎徹が、慌ててパッと顔を上げる。
階段にそんなに高さが無かったのが救いだった。お互い怪我は無いようだ。

「、ごめんバニー…!」
「………」

まだ少し呆然としている顔が、どんどんと泣きそうな顔に歪んでいく。
まだ虎徹に組み敷かれたままの肩が、わなわなと震えた。

「…な、何するんですか!」
「いやあの、階段を踏み外して…」

少しポイントのずれた弁解をする虎徹の身体が、バーナビーの身体から離れる。
上半身を起こしたバーナビーは、暫く俯いたままだった。

「あのー…、バーナビー、さん…?」

バーナビーならキスの一つや二つ、どうという事は無いと思っていたが予想は外れ、精神的にダメージを受けたらしい。

恐る恐る虎徹がバーナビーの顔を両手で包み、顔を上げさせる。
すると。

「……離して下さい」

両手を、冷たくパシッと叩かれ、そのまま顔を背けたバーナビーの。

可哀相なくらいに真っ赤に染まった顔が、虎徹の頭に深く刻まれた。


「…早く拾って下さいよ!」

そう怒鳴られて書類を拾い上げながら、虎徹は先程のバーナビーの表情を反芻した。

(意外と可愛い所、あるじゃねぇか…)


なんだか、冷酷無慈悲で人間味の無いこの後輩が、可愛く思えてきた。


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