「はい…、あ」
「夜分遅くに、すみません」

呼び鈴を鳴らすとすぐにドアを開けて出迎えてくれた先輩に、軽く頭を下げた。

見るからに睡眠不足な顔をしているその顔が、僕を見て微笑んでくれた。
ああ、無理してるな、なんて思いながらその顔を見ていた。


「どした?こんな時間に」
「…家事とか、溜まってるんじゃないかと思って。迷惑でしたか?」
「おー、それでわざわざ来てくれたのか!」

入れよ、と促され、勝手知ったる先輩の家に踏み込む。
なんの香りでも無いのだが、この家の匂いが好きだった。少しだけ深呼吸して、肺にそれを溜めるようにしてみる。

「何か手伝える事ありませんか?遠慮せず言って下さい」
「んー…、じゃあ悪いんだけど、この辺のもん片付けてくれねぇ?」

この辺と言われて見た先には、意外にも几帳面な先輩らしからぬ生活空間が広がっていた。
なんだか自分の知らない先輩を垣間見た気がして、少しだけ優越感に浸れた。

「珍しいですね、先輩がこんなに散らかしてるなんて」
「仕事に集中してたらさぁ、気が付いたらコレだよ」

ヘラヘラと笑う先輩に、もう"怪我人"のレッテルは貼られていなかった。

「わかりました。先輩は仕事してて下さい」
「悪いな」

そう言うと先輩は、僕に背を向けてまた仕事に戻ってしまった。
カタカタと速いスピードでキーボードの音が響く。

ソファーに座ると、低いテーブルとの高低差的に長時間の仕事が辛いからか、先輩は床に直接座ってパソコンに向かっていた。


そんな先輩をたまに横目で観察しながら、生活雑貨や書類等で埋められた床を掘り出していく。
少し片付ければ足の踏み場が出来るくらいには、第一印象ほど散らかってはいなかった。

書類、雑貨、本、薬袋、色々なものを種類別にわけて置いているうちに、僕はふと気が付いた。

先程から何個もある薬袋が、全て同じものだったからだ。

(……鎮痛剤)

手に取って確かめると、それは確かに鎮痛剤だった。
つい、先輩の方を見てしまう。
どこが、どのくらい、痛いのだろう。


先輩の事で、自分が知らない事があるんだと思うと、なんだか胸がぎゅっとなる。
この感覚の正体はまだわからない。

先輩の、自分の知らない時間を知りたいと思った。
先程までのすれ違い生活で、先輩は何をしていたのか。どんな顔をしていたのか。


「…ん?」

気が付いたら僕は、先輩の背中に寄り掛かっていた。
先輩の左肩に顎を乗せると、それに気が付いた先輩の左手が優しく頭を撫でてくれる。

「どした?」
「…いえ」

肩に頭を乗せたまま俯いて、先輩の肩口に顔を擦り付けるようにして先輩を味わった。
嗅覚から、視覚から、全ての感覚から身体が満たされていくようなそれに、僕は先程までのもやもやとしたものの正体に潔く気が付いた。

「…寂しかったです」
「ん?いや会社とかで会ったろ?」
「そういうんじゃなくて、プライベートでちゃんと会いたかったんです」

僕ほどに寂しさは感じていない様子の先輩に、自分の子供っぽさを突き付けられたような気がした。
でも、正直になれるならば子供っぽくても良い。

「寂しがり屋なんだな?意外と」
「…先輩限定ですよ」

後ろから抱き着くように腕を回すと、先輩はその僕が回した手を優しく包み込んでくれた。

「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか」
「早く仕事終わらせて下さい」
「はいはい」





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