『バニー?悪いな、今日やっぱ行けそうにねーわ…』
携帯電話から聞こえてくるのは、本当に申し訳なさそうな恋人の声。
本当は何か文句の一つでも言ってやろうと思ってたのだけれど、そんな声を聞いたら何も言えなくなる。
「いえ、お気になさらず。お仕事頑張って下さいね」
『おう、ありがとな』
そのままプツリと切られた通信に、小さな溜め息が出た。
なんだか、楓ちゃんもずっとこんな気持ちでいるのかなと思ったら、急にあの子が可哀相になってしまった。
最後にプライベートで会ったのはいつだろう。
最近先輩は、目立つ怪我をして短期間の入院をした。
怪我の身体に無理をさせてしまったのは、結果的に僕なのだけど、先輩は自分が悪かったと言い張る。
こういう時に、やっぱり自分より遥かに大人なんだなと実感する。
そんなこんなで結局何があったのかと言うと、つまり先輩は出社出来ない間に溜まりまくった仕事に苦戦しているのだ。
勿論、相棒として代わりに片付けることが出来る仕事は全て片付けておいた。
しかし本人がやらなければならない仕事だけでも大量にあるのだ。
結論を言うと、そのお陰で僕はここ数週間、プライベートで先輩に会っていない。
誰かに会いたいなんて思うことがあるなんて、数ヶ月前までは知らなかった。
お節介な事に、そんな感情を僕に植え付けて来た人に、今とてつもなく会いたい。皮肉なものだ。
はぁ、と何度目かの溜め息が出た。
無意識の溜め息は嫌いだ。それだけ自分に隙があるという事だから。
家で一人、先輩が来るのを待っている必要も無くなってしまった。
手持ち無沙汰だし、捜査資料でも纏めておこうか。それとも、たまには日が暮れた今、早々に寝てしまおうか。
しかし。
(…先輩の家行ったら、顔見れるかな)顔が、見たかった。電話越しでは無く、直接話がしたかった。
(…迷惑、かな)
何をするでもなく家に行ったら迷惑かもしれない。
先輩は仕事をしているのだから、行っても邪魔になるだけだろう。
ふと閃いた。
会いに行く理由を作れば良いのだと。
ひたすら仕事漬けの先輩なら、家事が溜まっているかもしれない。それを手伝いに行くだけだ。
それだけの事だ。
別に会って何をしようでもない。相棒として、後輩として、先輩の手伝いをするだけだ。
半ば強制的に意を決して、僕は先輩の家に向かった。