「あのー…」
「なんですか?おじさん」
自分の前を歩くバーナビーに声を掛けると、くるりと向き直って彼は答えた。
おじさん、と。
「いやいやいや、今さっき"虎徹さん"って言ってくれてたよね?」
「そうでしたか?忘れました」
先程、はっきりと彼は俺に言った。
"行きますよ、虎徹さん"と。
昔、出会ったばかりの頃に言われた"行きますよ、おじさん"と重ね合わせて考えたら、やはり自分の事を信頼してくれているのだなと実感した。
実感した、ばかりなのだ。
「なんでだよ…。あーあ、さっき可愛かったのにな…」
「おじさん、は駄目ですか?」
この台詞で、上目遣いとかだったら可愛いかもしれない。しかしこの凜とした態度で言われると、駄目じゃありませんすみませんでしたとでも言いそうになる圧力を感じる。
「別に駄目じゃねぇけどさ…、いやおじさんじゃないぞ俺は、まだ若いからな」
「はいはい」
「そうじゃなくてさ、なんつーか…たまには名前で呼んでも良いんだからな?」
バーナビーは、ちら、と鋭い眼差しでこちらを見てきた。
不覚にもその視線に、流し目も魅力的だな、なんて思ってしまった。
は、と溜め息のような吐息を漏らしてから、バーナビーは言った。
「呼んで下さいの間違えじゃないですか?」
「間違えてねぇよ!」
どうしてこんなに高圧的なんだろうか。歳もキャリアも俺の方が上なのに。
まぁ、本人が嫌がっているなら無理に呼ばせる理由もどこにも無い。
大人しく引き下がろう、と思ったその時だった。
「………、」
「ん?」
細く小さな声で、バーナビーが何かを言った。
聞き取れるはずもなく、顔を覗き込んでもう一度言うように促した。
「………、…恥ずかしいんですよ!名前で呼ぶの!おじさんで満足して下さい!」
眉を吊り上げてそう言ったバーナビーの口調はやはり高圧的だった。
が、その言葉のどこにも、精神的な高圧感は無かった。
「…可愛い」
「僕は生意気で可愛いげの無い後輩です」
「バニーちゃん可愛い」
「……やめて下さい嬉しくないです」