これで良かったんだと思う。
自分の非生産的な恋愛に比べて、先輩は有生産的な恋愛をしている。
これで良かったんだ。
遠くで幸せそうに笑う先輩と、僕よりずっと年上の女性。それから、彼らの近くで笑っている楓ちゃん。
あの人達の周りは、なんだかこれ以上無いくらいに輝いていて、直視出来ない。
周りにいる人達がどんどん彼らに近付いて、それぞれが祝福を口にする。
ああ、愛されているんだな、と。
光の当たる先輩の陰に隠れるように、僕は遠くからそれを眺めていた。
福音を耳にした時は、身体中に心臓を刔り出されたかのような衝撃が走った。
「相棒として、一番最初に話したかった」と、僕に真っ先に報告してくれたのだ。
結婚する、と。
固まったまま何も言えなくなったけど、先輩は幸せそうに笑っていた。
だから僕も笑った。
何か言ったら確実に涙が出て来てしまうから、黙って笑った。
本当はおめでとうの一言でも言えば良かったのだろう。
それでも、言えなかった。
諦めるべき時が来たというのに、それはずっと覚悟してきたのに。
予想外のタイミングでの予想以上の心の痛みに、耐える事は出来なかったのだ。
突然の結婚は、サプライズのつもりだったのだろうか。それとも本当に急展開な恋愛だったのだろうか。
それさえもわからない。
色とりどりの花びらを撒かれ、照れたようにはにかむ先輩を見ていることが出来なくて、僕はその場を立ち去ろうとした。
くるりと主役達に背を向けて、歩きだそうとした時。
先輩の声が僕を引き留めた。
「バニー!」
無視も出来ず声の方に向き直ると、娘と新妻を置いて1人歩いてくる先輩がいた。
「先輩、良いんですか?主役は常に中心に居るものですよ」
「バニーと話したいんだよ」
先輩はまた、優しくて鋭い言葉を、僕に突き刺した。
こうなる運命だったのなら、優しくなんてしないで欲しかった。愛してしまう前に、冷たくして欲しかった。
「なぁ、皆の所行かねぇの?」
皆とは、他のヒーロー達のことを言っているのだろう。
彼らは纏まって、皆で一緒に先輩を祝福していた。
「…僕は、ここで良いんです」
「そうか?」
皆が集まっている場所から離れ、ギリギリ主役達が見えるこの場所。
これ以上近付いたら、虚無感と嫉妬心に押し殺されそうだった。
「今日は来てくれてありがとうな」
「……いえ」
見たことも想像したこともない、晴れ姿の先輩は、凄く輝いていた。
暗い暗い僕を掻き消してしまいそうなくらいに。
「じゃ、そろそろ戻るわ」
片手をヒラリと上げた先輩に、何か言おうと。
ぐ、手と握り締める。
「…っ、あの、先輩」
「ん?」
「…ご結婚、おめでとうございます」
声は震えていなかっただろうか。目頭が熱いが、目に涙は浮かんで無いだろうか。
今にも声を上げて泣き出したいような、最悪な気分だった。
「…あぁ、ありがとな!」
へらりと笑って、先輩は皆の待つ中心へと戻って行った。
笑顔を泛かべる先輩を見ていると、はっきりと笑っているその顔を見ていると、もう、駄目だった。
囚われてはいけないのだと。
もう、忘れようと。
諦めようと。
そう切って捨てる、それだけのことが出来ない。
二度と取り返しのつかない過去に囚われ続けることは、未来を見る目を曇らせる。
それは、生きていく上で必ず枷になる。
こんなことになるのなら、伝えれば良かったのだろうか。
こうなってしまう前に、何か言えば良かったのだろうか。
どんな言葉でもよかった。
陳腐な愛の言葉でも。
自己を満たす為だけの文句でも。
別れの挨拶でも。
それこそ、どんなにありふれた言葉でもよかったというのに。
――たかが言葉じゃないか。
それを、何故惜しんだのか。
何故、伝えようとしなかったのか。
――僕は、救いようのない馬鹿だな。
眼球の裏が潤んで重たくなる。目の前が捩れていく。
あぁ、僕は今、
最愛を手放した。