トレーニング中だというのにも関わらず、他愛の無い話を吹っ掛けてくる虎徹に、バーナビーは小さく舌打ちをした。
「おいおい怖い顔すんなよー、折角の美人が台無しだぜ?」
「嬉しくありません。トレーニング中なので話掛けて来ないで下さい」
「わかったわかった」
ランニングマシンの横にある長椅子に横になって、虎徹はひらひらと手を振る。
何が"わかった"のか不明な態度だ。
虎徹の、こちらを見詰める視線には堪え難いが、それでも静かになったのを感じてバーナビーは再びランニングを始める。
「あ、バニーちゃん」
「…なんですか!」
先程静かにしていろと言ったはずなのに、すぐまた話掛けて来た虎徹を、バーナビーはキッと睨んだ。
「あーもう、やる気無くなりました…」
スイッチの切れたランニングマシンから降り、バーナビーは虎徹の横になる長椅子の隅にちょこんと腰掛けた。
虎徹は上半身を起こし、はぁ、と溜息をつく相棒の頭を撫でた。
「そんな怒んなって」
「…怒ってません、触らないで下さい」
パシッと、頭を撫でる手を払いのけてバーナビーはまた溜息をつく。
「…で、なんですか?」
「あぁ、いや今夜飲みに行かねぇ?って誘おうと思ってさ」
「お断りします」
即答で答えたバーナビーは、そのままトレーニングルームから出て行った。
付き合い悪いな、と小さく文句を言うと、そこに同じくトレーニングをしていたらしいネイサンが近付いてきた。
「喧嘩?」
「いやぁ、いつもこんな感じだな」
あら、とネイサンは虎徹に同情するように眉を下げた。
暫く思考を巡査させたような素振りを見せたネイサンに、提案される。
「じゃあ、アタシと飲みに行かない?」
「お?珍しいな」
「アンタが良かったら、たまにはどう?」
「おお、行こうぜ」
突然の誘いに、満更でも無い虎徹は快く誘いを受けた。
「昨日は楽しかったわ!また飲みに行きましょ!」
「おう、ネイサンとなら毎日でも飲めそうだな!次は牛辺りも誘うか?」
朝から、なんだか楽しそうな2人を横目に、バーナビーは腕筋のトレーニングをしていた。
昨夜、自分に断られたあと虎徹はネイサンを誘ったのだろうか。
誰でも良かったのだろうか、なんて考えているあたり自分はおかしい、とバーナビーは思考を停止させた。
余計な考えを頭から振り払い、トレーニングに集中しようとするものの、2人の会話が耳に入ってくる。
――駄目だ。集中出来ない。
集中出来ないなら仕方ない、少し早いけれど先に昼食にしよう、とバーナビーは立ち上がった。
シャツに張り付いた汗が気持ち悪い。シャワールームに寄った方が良いかもしれない。
2人の前を横切り、トレーニングルームから出ようとするバーナビーに、虎徹が声を掛けた。
「バニーちゃんお昼?一緒に食わねぇ?」
「お断りします」
掛けてくれた言葉に、良かった自分は忘れられていないのだと確信して少し安堵している自分に苦笑する。
しかし、口を突いて出たのは拒絶の言葉だった。
「なんだよー、付き合い悪いぞー」
自分よりもずっと年上の相棒は、子供のようにむくれた。
(…そこまで、言うなら)
そんな虎徹を見てバーナビーは、自分の百歩くらいを相手に譲れそうな気がした。
「…じゃあ、」
「じゃあアタシと食べない?近場に良いレストランがあるのよー!」
紡ぎかけた言葉は、ネイサンの陽気な声に掻き消された。
バーナビーの言いかけた声は虎徹には届かなかったようで、虎徹はネイサンとまた楽しそうに話しはじめた。
「……」
くる、と何も言わずに2人に背を向け、さっさと歩き出すバーナビーを、虎徹が見ていた。
「俺、あいつに嫌われてんのかなー」
「あら?なんでそう思うの?」
「だって、俺が何に誘ってもOKしてくれねぇから」
バーナビーの姿が見えなくなった後も、虎徹は彼が消えて行った所から視線を外さない。
「逆に、アンタはハンサムの事、好きなの?」
「嫌いじゃないぜ?良いとこあるんだよあいつも」
しれっとした態度で、友達に好きと言うくらいの軽さで虎徹はそう言ったが、ネイサンにはわかっていた。
この2人は相思相愛だと。
「…確かに、もう少し素直になった方が良いわね、ハンサムは」
「素直?」
「アンタも、ちょっと鈍すぎるんじゃない?」
「鈍いってどういう意味だよ…」
口を尖らせて聞き返す虎徹に、ネイサンは不穏な笑みを浮かべた。
「ハンサムのこと、追っ掛けないの?」
「…なんで?断られたし…」
「拗ねてんのよ」
拗ねる?と小首を捻った鈍感な虎徹に、まるで世間話をするかのようにネイサンが独白を始める。
「アンタが最近アタシに構ってばっかりいるから、妬いてるの。まぁ、そうなるようにしたのはアタシだけど」
虎徹は、目を少し丸くして、黙ったままそれを聞いていた。
「アタシがアンタを独占したら、ハンサムもちょっとは素直になるんじゃないかと思って」
「ネイサン……」
「追っ掛けてやりなさいよ」
あぁ、と頷いた虎徹が、シャワールームに向かって走り出す。
いつも彼を見ていたから、トレーニングの後は必ずシャワーを浴びるのだと知っていた。
「バニー!」
歩いていたバーナビーに、全力疾走の虎徹が追い付いたのはシャワールームの前だった。
少し驚いたような顔をした後輩が、とても可愛かった。
「…先輩、昼食に行ったんじゃ…」
「いや、…お前と食べたい」
どういう意味ですか、とあからさまに怪訝な顔をされる。
相手は本当に妬いてるのだろうかと些か不安になるその表情に、虎徹は笑いかけた。
「駄目か?」
暫く目を俯せがちに左右させたあと、バーナビーは小さな声で言った。
「…別に、構い、ません」
そう呟いてすぐに顔を背けたバーナビーの、真っ赤に染まった耳は見なかったことにして。
虎徹は、次は彼を何に誘おうか、と考えた。