「なんでまた服に着替えようとしてんの?」
「え?」
露天風呂からあがり、公共脱衣所で着替えるバーナビーは、虎徹によくわからない指摘をされた。
「浴衣もって来たろ?あの、部屋で渡したやつ」
「ユカタ…、…持って来ましたけど」
「それに着替えるもんだぞ、楽だし」
浴衣。
部屋に置いてあった、あのただの、藍色の布切れ。
バーナビーには、それがどうやったら衣服になるのか全く見当も付かなかった。
とりあえず、横目で虎徹が浴衣を羽織っているのを見て、真似して羽織ってみた。
ボタンもチャックも無い。本当に布だ。
――これからどうしろと。
虎徹が浴衣の裾を前方で重ねたのを見て、バーナビーも両手で端を持ち、左側の布に右側の布を覆い被せた。
すると。
「逆だぞバニーちゃん」
「…逆?」
「そう、右側のを先にこう…して、左側ので包み込む感じ」
指で身振り手振り解説する虎徹に、バーナビーは首を傾げる。
右側が前でも左側が前でもどっちでも関係ない気がしてならない。
しかしそれを言うと無知だと言われるような気がして、黙って素直に直した。
「あー、裾ちょっと長くねぇ?」
「えっと…」
「こう…持ち上げるみたいにすんだよ…、…ああもうちょっと貸してみ?」
説明が面倒になったのか、もう浴衣を着ていた虎徹はバーナビーの浴衣に手を掛けた。
「数センチ上げてー…、皺ちょっと伸ばせそこ」
「し、皺?」
「腰の所の布を伸ばすの!…バニーちゃんその紐取って紐」
浴衣と一緒に持ってきていた紐を手渡すと、それをぐるぐると腰に巻きつけられた。
先ほど持ち上げられた余分な布を押し付けるかのように巻かれるそれに、なんだか違和感を覚えた。こういうものなのかもしれないが、少し気持ち悪い。
「…たるんでますよ」
「そういうもんなんだよ」
指摘してみたら案の定苦笑された。
やはり日本の文化は良くわからない。
帯と呼ばれる紺色の布を腰に巻きつけられた。
「苦しくない?」
「…それは大丈夫ですけど気持ち悪いです」
「そういうもんなんだから我慢しろって」
もう一回紐への不満を口に出してみるが、頭をぽんぽんと撫でられ宥められただけだった。
鏡を見るとただの布は、どこかで見た日本人が着ていると言われるものになっていた。
"着物"と"浴衣"の違いは良くわからないが、とにかく日本人の服装だ。
そうか、あの煌びやかな衣服の正体はただの布だったのかと納得する自分がいた。
「出来た。意外と動けるだろ?」
「…思ったよりは」
着始めた時は、手も上げられないんじゃないかと真剣に考えるほど窮屈そうに感じた浴衣だったが、着てしまえば意外と不自由無く動ける。
やはり帯が少し不快だが、慣れてしまえば気にならないだろう。
「さ、戻ったら夕飯だ」
てっきりホテルという機関には食堂が完備されているものだと思っていたが、この旅館は夕食を部屋に運んでくれるらしい。
周りの目を気にしないで済むから楽だ。
着替えとタオルを持って、先に行く虎徹を追う。
風呂上りの潤った裸足で板の上を歩くのも新鮮で、バーナビーはその一歩一歩を踏みしめて歩いた。