お邪魔します、というのもなんだか変だ。
かと言って何も言わずに入って良いものなのかもわからない。
この中にある部屋は自分が住むには少し贅沢なんじゃないかと思わずにはいられないような、豪華だが気品のあるいかにも高級そうな扉の前で、虎徹は立ち尽くす。
中には、男が1人いるはずだ。
今日から自分と、部屋を共有―所謂ルームシェアをする男だ。
相手の顔は知らない。
なんせ、今日初めて会う相手なのだ。
そして今日が初対面のその人が、これからの自分の相棒になる。
ノックでもしてから入れば自然だろうか。
とにかく、相手の気に触れないようにしなければならない。
ヒーローという特殊な自分の仕事の相棒になる相手なのだ。もし険悪な関係になりにでもすれば大惨事だろう。
虎徹がコンコン、と控えめにノックすると、中から返事が聞こえた。
「開いてますよ」
「…お、おー」
キイ、と扉を開けると、そこには既に生活空間が広がっていた。
相手も越してきたばかりだから開いてないダンボール箱の1つや2つあるものだと思っていたが、それは無かった。
というかそもそも、彼はあまり私物を持ってきていないようだ。
「えーっと」
「バーナビー・ブルックスJr.です。よろしくお願いします」
「俺は鏑木・T・虎徹だ、よろしくな」
簡単な自己紹介と挨拶を交え、虎徹は自分より先に部屋についていた荷物を片付ける作業にうつる。
生活雑貨・パソコン・調理用具。
家から運んだ、必要最低限以上の私物を部屋に馴染ませた。
備え付けの冷蔵庫に、行き掛けに購入してきた少量の食材を詰め込む。
そんな虎徹の様子を遠くから見ていたバーナビーが、声をかけた。
「それ、どうするんです?」
「どうするって…、飯作る時に使うんだよ」
不思議そうなバーナビーの様子を不思議がる虎徹が、当たり前だろと言うように軽く説明した。
「お前も食うだろ?とりうえず今日の晩飯用、2人分買ってきたぜ」
「…どうも…」
「どうも…って、お前食事どうする気だったんだよ?」
作って食べるのが当たり前な虎徹にとって、バーナビーの反応がどうしてこうなのか想像も出来なかった。
反してバーナビーは当然かのように答える。
「朝は食べません。昼は食べたり食べなかったりですね…夜は時間があれば店屋物を買って食べますけど」
「お前、そんなんで良いわけねーだろ!」
驚愕の答えに、虎徹は思わず声を上げた。
「朝は作るからちゃんと食え、昼は弁当持たせてやるから…、夜はもちろんここで一緒に食う、いいな?」
「そんなに食べられませんよ」
「食べられなくても食え、そんなんじゃ身体がもたねぇだろ?栄養も絶対とれてねぇし」
ぐちぐちと説教をする自分に、虎徹は既視感を覚える。いつだったか、自分はこんな説教を誰かにした。
誰だったか。
朝も昼も碌に食べず、夜もまともなものは食べない。
確か、どんなに言っても直らなかったのだ。
作ってやると言ってもおせっかいだと一蹴し、作ってもなかなか口にしてくれなかった。そんな相手に、自分の世話焼きな性格が疼いた。
――妻か。
5年前、とある件で亡くなった、最愛の妻。
そうなのだろう、もう記憶は曖昧にになってしまっているが、きっとそうだ。
忘れるに忘れられない思い出だ。
どれだけそうしていただろう。
そんな事を考えながらバーナビーに説教をしていると、自分に論破された彼が渋々頷いた。
「…わかりましたよ」
「そうか!じゃあ今日の晩飯から俺に任せろ、いいな?」
「…はい」
彼の頭をぽんぽんと撫でると、なんだか嬉しいのか悲しいのか悔しいのか、一体どういう心境なのかわからないような顔をしながらも彼はまたこくりと頷いた。
そして彼の頭を撫でる、その感覚にもデジャヴを起こす。
これは、なんとなくだが原因がわかった。娘だ。
よく娘の頭を撫でているから、自分の脳がその感覚を重ねたのだろう。
バーナビーがぱし、と自分の頭に乗せられた虎徹の手を叩く。
照れだろうか。
すぐに背を向けられてしまった虎徹は、彼の表情を見ることは出来なかった。