屋敷から脱出し、鎮火も済んだ。
手早くスーツを脱ぎ、虎徹とバーナビーは野次馬の少ない、現場から少し離れた所に座っていた。
バーナビーはうずくまるように座り、ひざに頭を乗せてずっと泣いていた。




大体、ルームシェアを始めた当初からおかしかったのだ。

最初、彼に説教をしたときの既視感はなんだったのだ。
朝も昼も食べず、夜も食べたり食べなかったりだなんて、三食ちゃんと料理をする妻がするわけがない。
「どんなに言っても直らなかった」なんて、主婦としてちゃんと料理をこなしていた妻に対して抱く思い出では無いはずだ。

そのあと頭を撫でた時のデジャヴは?
楓を撫でた時と重ねたと納得したが、何故あの位置にあるあの大きさの頭を撫でてデジャヴを起こすのだ。
楓を撫でた感覚と、楓より遥かに背の高いバーナビーを撫でた感覚を重ねてしまうわけがない。

それから、何故自分はバーナビーが好きな食材を知っていたのだ。
同居を始めて数日後、トレーニングルームに行く途中で始めてまともな会話をし、そこで好嫌を知ったはずだ。同居を始めた直後に彼の好きな食材を知っているはずがないのだ。
だとしたら、自分は初めから彼の好嫌を知っていたことになる。


あとは、トレーニングルームでの他のヒーローの反応だ。
相棒である自分とも、直前に初めて会ったというのに、どうして他のヒーロー達と馴染んでいた?
自分はベテランヒーローだから他の仲間と面識があるのは当然だ。だが彼は違う。彼は新入りなはずだ。なのにそこにいるのが当たり前のように接されていた。
何故違和感に気づけなかったのだろう。


炎を彼に見せたくないと思ったこと。
ベッドルームにあったウサギのぬいぐるみ。


―お早う、お二人さん
―おはようじゃないわよ!心配したんだから…
―また、僕なんか庇って…



もしも、彼が前からヒーローだったら。
もしも、自分と彼が元々コンビだったら。

―やっともうすぐ思い出してくれそうなのに…!

――これで、もしまた記憶喪失したら、どうするんですか!!


もしも、自分が彼の事を忘れているだけだったら。


辻妻があう。


溢れ出て来るものを塞き止める事が出来ずに、本格的に泣き出してしまったバーナビーの震える肩に手を乗せ、それから両手で頬を包み込む。
長い睫毛が小刻みに振動している。

「…これ以上、僕のこと忘れないで下さい…」
「…バーナビー…」
「――…僕はバーナビーじゃありません!僕は…僕は、バニーです…!」

自分は、何を忘れていたのだろう。
忘れた事さえも、綺麗に忘れて。

そうだ。
バーナビーじゃない、バニーだ。
有能で何でも出来ておまけに顔もスタイルも良い、自分に冷たく扱いにくい後輩。
何をしても「お節介です」の一点張りの、相棒。
不器用すぎるその性格で、でも懸命に自分を頼ろうとしてくれた、大切な人。

「バニー…」
「…っ、先輩…!」
「バニー、ごめんな、今やっと思い出した」

涙の止まらない相棒の身体を、強く柔らかく抱きしめた。

子供みたいに泣きじゃくりながら、バーナビーは話してくれた。
自分がバーナビーを庇って肩を怪我したこと。
肩の怪我は軽かったものの、頭を強打して記憶喪失になっていたこと。
それも、バーナビーに対する記憶のみが無くなっていたこと。

それから、自分を混乱させないために記憶喪失の事は無かったことにし、初対面のフリをしたこと。
周りの人達にも口裏を合わせさせたこと。
それでも肩や頭が心配だから、一緒に住みたいと上司に無理を言って、そう計らってもらったこと。

泣きながら、全部を話してくれた。

ごめん、と繰り返しあやす様に呟きながら髪を梳くように撫でる。
すると彼は、なんだか嬉しいのか悲しいのか悔しいのか、一体どういう心境なのかわからないような顔をしながらはにかんだ。

そうだ、同居を始めて最初に頭を撫でた時に見たこの表情は、彼の泣きそうな時の顔だった、と今更ながら思い出す。
今に関してはもう泣いているが。









「なぁ、同居って続けんの?」
「どっちでも良いですよ」
「じゃあ続けようぜ、楽しいし。…なにニヤけてんだよ」
「ニヤけてません」




-----
2011.06.13



[ 6/6 ]

[*prev] [next#]

[目次]
[しおりを挟む]
22


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -