コンビ結成以来、初めての出勤だ。
宛がわれた綺麗で質素なオフィスの一室には、2人分のデスクが用意されていた。
右側がバーナビー、左側が虎徹のデスクだと一目でわかるように、椅子に名札が貼ってあった。
あの、厳しい秘書のお陰だろう。地味に気が利く。
ヒーローの仕事から、数日ではあるが比較的長く離れていた虎徹は、復帰初日ということもあり集中力が持続した。
その結果、午前中にはデスクワークが終わり、思いがけず時間が空いた。
仕事するのは苦手だが、その反面ヒマなのも苦手な虎徹は、午後はトレーニングルームに行く事にした。
椅子から立ち上がり、トレーニングルームへと向かおうとすると、何か雑誌からの取材にメールで答えていたらしいバーナビーが一緒になって椅子をくるりと半回転させた。
「先輩、どこへ?」
「トレーニングルームにでも顔出そうかと思って」
「僕も一緒に行っていいですか?」
冷たいような風貌の後輩は、意外にも人懐っこいのだろうか。虎徹はバーナビーの素性に触れた気がした。
「あぁ、もちろん」
2人、並んで歩いた。
トレーニングルームまでの、短いようで長い道のりを、他愛の無い話を沢山しながら歩いた。
住んでいる所とか好きな食べ物は何かとかそんなくだらない話から、最近の治安がどうだとか仕事関係の話まで、色々な話をした。
お互い、何故か過去の話はしなかった。
自分がそうであるように、相手にも何か触れられたくない過去でもあるのだろうか。
暗黙のルールみたいに、過去の話だけはしなかった。
相手の過去は知らないし、これから知る事も無いだろう。
トレーニングルームに着くと、他のヒーロー達が勢揃いしていた。
「お早う、お二人さん」
「おはようでござる」
キングオブヒーローことキースと、その横にいたイワンに声を掛けられた。
「あぁ、おはようさん」
「おはようございます」
午後だというのに「おはよう」と言うのはなんだか変な気分だが、挨拶というのはそういうものだ。
挨拶を交わした所で、軽装でトレーニングをしていたカリーナが近寄ってくる。
「お、カリーナもおはようさん」
つかつかと歩いて来たカリーナに声を掛けると、彼女はきつい眼差しで虎徹を見上げた。
「おはようじゃないわよ!心配したんだから…」
「心配?」
「あ…それは、その……」
「数日連絡が無ければ、そりゃあ心配くらいするわよねぇ?」
急に吃ってしまったカリーナに、側で話を聞いていたネイサンが割り入って来た。
「そういうもんか?」
「そうよねぇ、カリーナ?」
「あ、えっと……、まぁ…」
何かを隠すように軽く笑みを浮かべて、カリーナは逃げるようにその場を去った。
「なんだ?」
「ふふ、照れ隠しよ」
「照れ隠し?」
生き生きとした微笑みを湛えながら、ネイサンはカリーナの背を見詰めた。
「難しい年頃なのよ」
「そっか…」
虎徹はその話をあまり良くわかっていないのに、適当に相槌を打った。
"年頃"と言う単語は、娘的な意味でも加齢的な意味でも苦手だった。
一通りの挨拶を済ませ、さあサボるぞという時だった。
聞き慣れたくないのに聞き慣れている、忌ま忌ましいあの音がけたたましく響いた。
発音しているのは、腕についている仕事の必需品。
「事件か?」
ピ、という電子音と共に、若い女の声が話しはじめた。
「Bonjour,hero」
聞き慣れた、いつもの声調子で挨拶をされた。
「事件よ、すぐに出動して頂戴」