ヒーローとしての仕事をこなしつつ家事もするのは、肉体的疲労が激しい。
しかし精神的には癒しとなる。変な話だ。
仕事柄、見たくないような現実にも目を向けなければならない。
それでも、帰宅していつものように家事をすることで、安堵感を得る事が出来るのだ。
最近では、ルームメイトもいる。
生活能力が皆無なこの同居人は、とても世話しがいがある。
家事全般、何をやらせても駄目な彼は、見ていて飽きないというか、父性本能を擽られた。
「夕飯出来たぞー」
精神的にも疲労しているであろう彼を気遣い、努めて陽気に接してみようと努力するも、彼から陽気な返事が返って来るなどは有り得ない話だ。
それは虎徹もわかっていた。
静かに椅子を引き、鎮座する彼に箸を手渡す。
「…いただきます」
食前の挨拶を小さな声で呟き、彼は食事に手を付けはじめる。
最初は本当に嫌々食べていたが、2、3日経った今、彼は満更でも無さそうに食べてくれるようになった。…そんな風に見えるだけかもしれないが。
ここ数日、毎日何回か必要最低限の言葉を交わすだけだが、それでも最初のぎこちなさに比べれば大分マシになってきた。
今日は彼が好きな食材を料理にふんだんに使った。
顔に似合わず甘党な彼を思って、食後のデザートにフルーツゼリーも作った。
好きな食材を沢山使ったからだろうか、彼の頬が少し緩むのを見て虎徹はなんともいえない喜びをおぼえた。
昔ならこんなことは有り得なかった。
料理は苦手というか、嫌いで。それでも妻がいなくなってから自分で作らないとならなくなって、それで始めたら意外とこれが楽しかったのだ。
「おかわりあるからな」
「…いりませんよ」
口ではこういう言い方しかしないが、ちゃんとわかっている。
バーナビーは、柔らかい言い方が出来ない、不器用な人なのだ。
それに気付いた時には、もう父性本能が打撃されていた。
もぐもぐと料理を咀嚼するバーナビーとは、やはり何の会話も無い。
相棒になったとは言え、まだろくに話していない相手との会話に緊張は無くならない。
自分から話をふるべきなのかもしれないが、少しやり辛い空気が漂っているのでなかなか声を掛けられない。そんな状況だった。
しばらくして「ご馳走様でした」と言いながら手を合わせるバーナビーに、虎徹はぎこちなく微笑みかけた。
「食えるようになってきた?」
「まだ辛いですよ」
一日に何も食べない日もあるくらいに不健康な食生活から、一気に一日三色の生活にさせられたのだ。バーナビーには少し窮屈な食生活だろう。
虎徹が差し出した胃薬を受け取ると、バーナビーはそそくさとベッドルームに戻っていった。
キッチン・ダイニング・シャワールームの他には、2つのベッドルームしか無いこの家では、普段1人になりたがるバーナビーの居場所と言えばベッドルームしか無いのだ。
そこで、デザートの存在を思い出す。
フルーツゼリーのことをすっかり忘れていた。
戻っていったばかりの彼をそんなことで呼び戻すのもあれだと思い、虎徹はゼリーを手にバーナビーのベッドルームに入った。
「バーナビー」
「…ノックくらいして下さい…!」
「あ、悪い悪い…ゼリー作ったんだ、どうだ?」
濃いピンク色のウサギの縫いぐるみが横たわるベッドに腰かけていたバーナビーに、ゼリーの乗った皿とスプーンを手渡した。
「…いただきます」
「お、何ニヤけてんだよ」
「ニヤけてません」
ゼリーに頬を緩めた彼の様子に突っ込むと、バーナビーは即座に反応を返してくれた。
同居が始まって以来、初めてまともにした会話だった。
こうやってだんだん距離が縮まっていくといいな、なんて。
柄にもなく、そう漠然と思った。