「僕、欠陥だらけの人間だったんです。今もそうですけど」
突然語り出した僕を、先輩はじっと見ていた。
「復讐のためだけに生きてたんです。自分も周りもどうでもよくて、ただ仇を討ちたかった。それだけが生きる意味だったんです」
外から入って来る風が、窓の薄いカーテンを揺らす。
「人間らしい感情なんて持っていなくて、楽しいも悲しいも何もわからなかった。機械みたいに仕事をして、仇を探して。人との関わりを断って、辛辣な態度でしか他人と関わろうとしなかったこの欠陥人間に世話を焼いてくれた人がいたんです。誰だと想います?」
「……、誰?」
「あなたです。他でも無い、あなたなんです」
見上げてくる先輩の目は、いつの間にか初めて会う人を見る目ではなくなっていた。
馴染んでくれたんだろうか。
「僕の世界にあなたが入って来て、周りの景色がすっかり変わってしまいました」
コンビを結成して、何かとお節介を焼いてきた先輩が凄く懐かしいものに思える。
「今まで白黒で見えていたものに、色が付いたみたいなんです。…こんなの、知りたく無かった」
知りたく無かった。
今まで復讐のためだけに生きていた自分に、余計な事を植え付けないで欲しかった。
「この景色を知ってしまってから、毎日が楽しいんです。なんだって出来そうな気さえするんです」
先輩がいるだけで、毎日が前までと違って見えた。
お節介な先輩は、仇を討ったら両親の後を追おうかとも思っていた自分に、生きる楽しみを植え付けてきたのだ。
「…初めて、死ぬのが怖くなりました」
先輩は、僕の独白を黙って聞いていた。
「それから、初めて、人を好きになりました」
そう、初めてだった。
誰かを好きになったのは。
誰かの役に立ちたいと願ったのは。
「こんなに人間らしくしてくれたんですよ、あなたは。本当にお節介だ」
こんな感情を知らずに生きられたら、もっと楽だったのに。
この感情を知って生きている今、昔よりもずっと楽しい。
「先輩、本当に感謝してるんです。人間にしてくれて、ありがとうございます」
先輩の手を握る手が震え出す。最初は先輩が震えているのかと思ったが、どうやら震えているのは僕だ。
ぽつんと純白のシーツに染みが出来る。
「…泣くなよ、バニーちゃん」
「……泣いてませんよ」
「泣いてんだろ。意外と涙もろいんだよなバニーちゃんは」
「………………は?」
勢いよく立ち上がったその勢いで、椅子が派手な音を立てて後ろに倒れる。
「…っ、あなた、いつから…!」
「ちょっと前…。バニーちゃんが話してるの聞いてたら、あれ?バニーちゃんじゃんって。言いだしにくくて最後まで聞いちゃった」
ごめんな、と笑う先輩は、いつもの先輩だった。
先程の先輩の目が、初めて会う人を見る目では無くなったことの意味に、どうして気が付かなかったのだろう。
「最低だ…」
「記憶戻ったなんて言ったら、続き聞けなくなると思って」
「…当たり前でしょう、こんな…、…恥ずかしい…」
あまりの恥ずかしさに思わず俯くと、先輩はけらけらと笑いながら頭を撫でてくれた。
「いつ退院するんですか?」
「明日にでも出来るんじゃね?あとは記憶だけだとか言われたし」
「そうですか」
「なんか今考えると、記憶が無かった時が不思議だな。なんで思い出せなかったんだろ」
上半身を起こして頭をぽりぽりと掻く先輩は、いつもの先輩だった。
「そういうものでしょう。…おかえりなさい」
「おー、ただいま」
さりげなく言った言葉もしっかりと拾われ、なんだか気恥ずかしくて、それを紛らわすように笑った。