おかしい。
おかしい。
おかしい。

「…なんでそんな怖い顔してんの…?」
「してません」

おかしい。
先輩の様子がおかしい。

バーナビーは先ほどから、微動だにせず虎徹の事を見つめていた。
睨んでいると言った方が妥当だと思われるほどの眼力で。

先輩が今朝から様子がおかしい。
今朝、珍しく遅刻もせず、というよりも自分よりも早くオフィスに来ていた。
それだけでは無い。
いつも決まりきった私服を着ているのに、今日は少し違う。センスの良い、上品な感じの服を着ていた。
常に、少し梳かしたかどうか際どいくらいに無造作にしている髪も、ちゃんと整えられている。

異変の決定打になったのは、つい一瞬前の事だ。
なんと、今日の分の仕事は終わったから、と日が暮れて間も無いこんな早い時間に帰宅準備を始めたのだ。

「……」
「…なに見てんの?」
「見てません」

いや見てんだろ、と苦笑しつつ虎徹は席から立ち上がる。
そんな彼に、バーナビーは咄嗟に声を掛けた。

「どこに行くんです?」
「あぁ、帰る前にシャワー浴びて来ようと思って」
「……」

おかしい。
いつもの虎徹なら、こんなに外見に気を遣うはずが無い。
シャワーを浴びてくると言った今だって、片手には小さなシャンプーとリンス、それからカミソリの入った簡易入浴具を持っている。

自分に背を向け歩き出した虎徹を目で見送り、完全に姿が見えなくなったところで、バーナビーは彼の荷物に手を伸ばす。

悪い事だと思いながらも、彼の荷物を開け、中を探る。
この中に、自分が求めている答えがあるはずだ。
―今日、彼に何があるのか。

必要最低限のものしか入っていない、意外にも整理のされている鞄の中に、一つだけ綺麗にラッピングされたものがあった。

「…これは…?」

ピンク色に可愛らしくラッピングされた袋を手に取り、バーナビーは自分の身体から力が抜けていくのを感じた。

「…か、え…で、…へ?」
袋に貼られているメッセージカードに、見慣れない字が書いてある。
日本語で書かれていたそれを読み取るのは難しかったが、そう書いてあるはずだ。

"へ"は"For"の意味のはずだ。
となると、"かえで"宛ての、贈り物だ。

「…、」

そういえば、自分は彼の事を何もしらない。
虎徹の周りの人間の事も知らなければ、彼の生い立ちなど基本的な事だってわからない。
知っている事といえば、おせっかいなところ、優しいところ、適当に見えてちゃんとしていること。

そうだ。
自分は、何も知らない。
知らないのに、知っている気になっていた。
自分は相手の事をよく知っていて、逆もそうあると思っていた。思い込んでいた。

「…僕は、」

虎徹にだって恋人はいるだろう。
カエデという人が恋人なのかどうかもわからないが、きっとそうなのだろう。
真相はわからない。だって、何も知らないから。


「…バニーちゃん?」

その声に驚き振り返ると、背後にシャワーから上がってきた虎徹が立っていた。
彼の目はあからさまに丸く、驚き動揺しているような顔をしていた。

それはそうだろう。
誰だって人が自分の荷物を漁っているとなれば驚くだろう。

しかし、虎徹の発した言葉はバーナビーの予想に反していた。

「…バニーちゃん、なんで泣いてんの?」
「…っ!?」

言われて初めて自分の頬に手を当てると、そこは確かに濡れていた。

「それ…」

視線を追うと、そこにはさっき見つけたかわいらしい袋。

「あ…あの、これは…」
「…」

そして、ゆっくりと近づいてきた虎徹の体温が、一瞬にして自分を包み込む。
これがどういった状態なのかを理解するのに、時間がかかった。

この人は何を思って自分を抱きしめているんだろう。
人の荷物なんか漁っている自分を怒ればいいのに。
勝手に理解しあえたように思い込んでいた自分を攻めればいいのに。
そうで無ければ放っておけばいいのに。

「カエデ、ってのはな、俺の娘だ」
「…!」

娘。
恋人では無かったが、それに安堵すると同時に、それが虎徹に妻がいるということを暗に語っていた。

「…結婚、してるとは思ってましたけど…」
「うん、」
「娘さんも、いたんですね」
「うん、」

黙っててごめんな、と、抱きしめられながら頭を撫でられる。
別に意図的に黙っていたのでは無いだろうに、そんな風に謝られる。これも彼の優しいところだ。

「勘違い、してました…」
「…勘違い?」
「…貴方を、知ってるような気になってました」

涙が止まらず、鼻を啜ると虎徹が一層強く抱きしめてくる。
その腕に甘えると、バーナビーは背に手を回して抱きしめ返した。

「それも強ち間違っちゃいねぇだろ?」
「…?」

――これから、知っていくんだから。




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