「…先輩!」
意識不明の重体だった先輩が、目を覚ました。
ピ、ピ、という規則正しい電子音以外何も聞こえない静かな病室で、僕は先輩の手を握ってこの時をずっと待ち望んでいた。
何本も管が繋がっている腕を少しだけ動かして、先輩がゆっくりと目を左右に泳がせる。
「先輩、わかりますか?僕です、バーナビー…バニーです。あなたの…、…恋人の」
「……」
ゆっくり、僕の目に焦点が合う。
酸素マスクをしている先輩の口が、マスクを白く曇らせながら僅かに動く。
「…、……」
「なんですか?」
「…………お前、」
「………誰?」
心臓が止まるかと思った。
一瞬、本当に止まっていたような気さえする。
「…先輩、たち悪いですよ」
「……」
「ずっと心配してたんですから。変な冗談はやめて下さい」
肉体は疲労しきっているのか、またすぐ目を閉じてしまった先輩からは、本当に冗談なのかを確かめる事が出来なかった。
――悪い冗談に決まってる。
そう信じるものの、悪い予感が止まらない。
先輩が再び目を覚ましたと聞いたのは、それから数時間後、僕が遅めの昼食を摂っている時だった。
あれからずっと付きっ切りで見ていたので、昼食が遅くなってしまったのだ。
急ぎ足で病室に戻ると、病室の前の廊下にファイヤーエンブレムが立っていた。
「―…あ、ハンサム」
「ファイヤーエンブレム、…先輩は?」
「中にいるわ。…ハンサム、良く聞いて」
両肩を捕まれ、正面からいつになく真剣な表情でファイヤーエンブレムに向き合う。
「あなたの相棒は、記憶喪失したわ」
「………!」
途端、目の前が真っ暗になるような錯覚がした。
手足に力が入らない。もしも彼女に肩を捕まれていなかったら、この場に倒れていたかもしれない。
「自分がヒーローであることはもちろん、あなたの事も綺麗サッパリ忘れてるわ」「…そん、な…」
「…とにかく、会ってみて頂戴」
背中を押されて入った病室には、ロックバイソンとブルーローズがいた。
ベッドサイドにいるロックバイソンは先輩と何やら話していて、ブルーローズはそれを遠くから泣きそうな顔で見ている。
「…お、バーナビー」
ロックバイソンに声を掛けられ、3人の視線が自分に向けられた。
「…こんにちは」
「こっち来いよ、虎徹となんか話してやれ」
「……はい」
僕を見る先輩の目は、明らかに初めて見るものを見る目だった。