「せ、先輩」

デスクワークをしていた虎徹は、その声にぎょっとして振り向く。
オフィスのその一室の入り口に立っていた声の主は、何の前触れもなく自分を先輩と呼んできた。
機嫌が良いのか、それとも良からぬ事でも考えているのか…

「バ、バニー、どした?」

少し吃りながらも、至って冷静に返事を返す虎徹に向かって、バーナビーは歩を進めた。

「あの、…甘いものって好きですか?」
「甘いもの?」

何を言い出すのかと思えば、バーナビーは実にシンプルな質問をしてきた。
身構えていた自分が馬鹿馬鹿しい。

「ええ、えーと…ケーキとか」
「あー…」

実は、虎徹は甘いものをあまり得意としなかった。
娘の楓がよくお菓子を作ってくれるのだが、そういうものも本音を言うと、少し無理して食べている。

「いやー、あんまり得意じゃないな」
「そうですか…」

何故か少しがっかりしたような顔をしたバーナビーに、虎徹は首を傾げる。

「…で、甘いものがどした?」
「あ…、いえ…」

気になって問うも、曖昧な返事をされるだけだった。
そのまま何も無かったかのようにデスクワークを始めるバーナビーに、虎徹は椅子から立ち上がり歩み寄る。

「ケーキバイキング?」
「え?…あっ」

虎徹は彼の机に置いてあったチラシを見つけ、読み上げた。
いかにも若者が喜びそうな華やかで可愛らしいその紙には、ケーキバイキングと書いてある。

「行くの?」
「…行きませんよ」

ケーキが好きなバーナビーなんて、少しイメージと違う。
もしかして行くのか、と聞いたがそれは否定されてしまった。
しかしバーナビーの顔はやはり残念そうな表情をしている。
行くとは言っていないが、行きたいのかもしれない。

「…行きたいの?」

すると、バーナビーは今度は黙ってしまった。
当たりか。

「えー、行きてぇなら行けば良いじゃーん」
「…嫌ですよ、一人でそんな所に行くなんて僕のイメージを壊すことにしかならない」

確かに、イメージとは違う。
けどイメージなんかどうでもいいじゃないかと思うが、バーナビーにとって「イメージ」というのは凄く重要なことなのだろう。
彼は自分と違って、世間に顔を知られている。その分、イメージに違う事をすれば影響は大きいのだろう。

「一人じゃなければ入れるかなって思っただけなんです、もう忘れて下さい…恥ずかしくなってきました」
「いや、行こうぜ」

しょんぼりとしたバーナビーの様子に、咄嗟に口が出た。

「…え、良いんですか?」
「ケーキバイキングったって甘いもんしか無いわけじゃねぇだろ?」
「それは、そうですけど…」
「じゃあ良いじゃねーか」

決まりだ、丁度休憩したかったところだし、と虎徹はドアに向かって歩き出す。
その様子を、喜んだような驚いたような顔で見ていたバーナビーに、虎徹は振り向いた。

「どした?行くんだろ?」
「…あ、はい…」

先に行く虎徹の背中を追って、バーナビーは小走りになって隣に追いつく。

しばらくバーナビーは虎徹と談笑しながら歩いた。
今度は自分が相手に付き合ってあげよう、そんな事を考えながら。




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