「太りますよ」

美味しそうな匂いを惜し気もなく放つ数々の料理にたっぷりとマヨネーズをかける虎徹に、バーナビーはそう忠告する。

「大丈夫だろ、ちゃんと運動してるし」

マヨネーズの掛かったサラダを、無造作にフォークで突き刺して口に運ぶ。
少し新鮮味の無くなった味がするが、マヨネーズを掛けてしまえば新鮮だろうが新鮮では無かろうが味は変わらない。

「でも確かにこの前は、昔より重かったです」
「…昔のはそりゃー薄いスーツだったからだろ?今回のスーツは前回のより重いんだから当たり前だろ」

大きく長めの、所謂フランスパンと呼ばれるパンを何等分かにして机上に並べておいたそれに、バターを塗って咀嚼するバーナビーがチラと虎徹を見て、それからまた視線をパンに戻す。
パンをもぐもぐと咀嚼しながら、それもそうですね、と呟いた。

皿とフォークのぶつかり合う、カチカチという音が響く。
何もない真っ白な部屋は、静かだった。

スープを一口啜り、バーナビーは口を開く。

「…あの」
「?」

メインディッシュである肉にナイフを入れた虎徹は、視線だけでバーナビーに答える。

「身体は痛みませんか?」

心配症なのか、戯れに聞いているのか、また虎徹が痛そうにしているからなのか、それはわからない。
バーナビーはなんだかんだ言って、虎徹が怪我をすると必ず心配してくれる。

「身体が丈夫なのだけが取り柄だからな」
「…それは、そうですけど…」

そこは否定しろよとは思ったが、それがバーナビーらしい。

ソース取ってくれ、と促すとバーナビーはサッと片手でソースをこちらに受け渡してくれる。
その時も、バーナビーは虎徹の顔をまじまじと見ていた。

「…現に」

ソースを大雑把に切り分けた肉に掛けながら、虎徹はバーナビーの言葉に耳を傾ける。
彼が左手に持っているパンからバターが零れてしまいそうに見えて、少しハラハラした。

「現に、今ソース持った時、痛そうだったじゃないですか」
「…そうか?」
「僕にはわかりますよ」

ようやく肉に手をつけたバーナビーが、ナイフでそれを小さく切り刻む。
刻む度に溢れてくる肉汁が少し勿体ないような気がした。

「なんでわかるんだよ」
「貴方のこと見てますから」
「よく言えるなそんなセリフ」

ふ、とその言葉に対して小さく鼻で笑ったバーナビーは、小さな肉の塊を口に入れた。
口に収まるサイズにちゃんと切るところに、なんと言うか、育ちの良さを感じた。


「貴方の事、もう一度信じてみようと思うんです」

唐突に繋げられた言葉に、虎徹の食事の手が止まる。
それまで、カチカチと鳴っていたフォークの音が、不意に途切れる。

「信じようと思って信じるのは、信頼ではありませんか?」

相変わらずもぐもぐと小さな肉を咀嚼しながら話しているにも関わらず、不思議と気品は落ちなかった。

真っ白い部屋の、真っ白いテーブルクロスの掛かった机の上に燈る蝋燭が、ゆらゆらと揺れる。

「あの時、僕を心配してついて来たなんて、僕には理解出来ない行動でした」

あの時と言われたその出来事を思い返し、虎徹は頭痛に似たものを感じた。
あの行動が、バーナビーが積み上げてきた全てを崩してしまったのだ。

蝋燭が少しだけ揺れを大きくさせた。

「でも、理解出来たんです」


何もせずに黙って話を聞いているのが、なんだか居た堪れないような気分を錯覚させた。
虎徹は、申し訳程度に肉を咀嚼し始める。

「僕は貴方を信じてます。でも、それなのに、貴方が死んでしまうんじゃないかって、思ってるんです」

カツカツと音をたてて肉を小刻みにし始めたバーナビーが、手を動かしたまま言葉を繋げる。

「信じているから、必ず生きて戻って来ると、思っていても、それでも怖いんです」

がつ、と派手な音が響く。
左手でフォークを、右手でナイフを肉に突き刺したまま、バーナビーは俯いた。
そんな、珍しく感情をあらわにした相棒を直視出来なくて、虎徹は赤ワインの入ったグラスを手に取りちびちびと飲んだ。

「信じて、ます」

涙声で、語尾の震えた言葉を必死に紡ぐバーナビーの声を、虎徹はただただ黙って聞いていた。


「先輩、僕、信じてますから、だから、」


何もない真っ白な部屋に、ふっと暖かい風が吹き込んだ。
その風で蝋燭の火は消えてしまったが、真っ白い部屋に暗闇が訪れる事は無かった。

何処からとも無く、白い、眩ゆい光が、部屋に差し込む。

「―だから、生きて、戻って来て下さい。僕のところに」

「ああ」

勿論、と言った言葉は相手に届いただろうか。
眩しい光に包まれて、目の前に座っていたはずのバーナビーの姿は消えていた。


真っ白の世界で一人残された虎徹は、さてこれからどうしたものかと考えた。
が、一瞬で考えるのをやめた。

俺の身体が治らない事には、何にもならない。
医者達が今、自分のために頑張ってくれているのだろう、目には見えないがそれはわかる。
あまりにも他人事のようだが、なるようになるだろう。


その時までは、この精神世界で、短い休息としようじゃないか。
向こうに帰れば、また目まぐるしくて騒がしくて、楽しい日々が待っているのだから。



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