夜も大分更けた。
少しアルコールを摂りながら、持ち帰った仕事をしていた虎徹は、部屋の電気を消して布団に潜り込んだ。
横になると、起きてる間は気付かなかった疲労感がどっとやってきて、とろりとした眠気に誘われる。
カーテンの隙間から月の明かりが薄く漏れて、天井に線を描くのをぼんやりと目で追ってから、目を閉じる。
まさに眠りに落ちる寸前、その気配がした。
「……?」
かすかな音だったが、こちらに向かって廊下を歩く人の足音に意識が半分以上覚醒する。
夜遅くの、突然の襲来者に、無意識に少し身構えながら、虎徹は耳を澄ました。
とはいえ、既に相手が誰であるかはほぼ推測がついていた。
家族と離れ暮らしている虎徹の家に、同居している人といったら。
静かに寝室の、今虎徹のいる部屋のドアが開く気配がした。
薄く開かれたドアの間からこちらを伺っているように感じられて、虎徹は咄嗟に眠ったフリをする。
しばらくそれを眺めて安心したのか、すたすたと歩いてきたのは寝間着姿のバーナビーだった。
彼は虎徹の広い布団に潜り込んでくる。
廊下を歩く間に冷えた体が極力虎徹に触れないように端に寄りつつ、布団の中に位置を占めたバーナビーが、一つ深い溜息を吐いた。
何があったのだろう、と虎徹は眠ったふりをしながら考える。
時々こういうことがある。
相棒と言っても虎徹は、こうして彼がたまに添い寝しに来る理由を知らないし、問いただした事もない。
それどころか、気付いていることをバーナビーに話したこともない。
バーナビーには、普通ではない過去がある。
それに関係するかはわからないが、たまに彼はこうして人肌を求めベッドにやってくるのだ。
バーナビーは虎徹に、愚痴を聞いて欲しいわけでもなく、でも一人で眠ることもできず、こんな風に何かを封じ込めては隣で眠りに来る。
普段強がっている分、こうして誰も見ていない時にだけ弱いところを見せるバーナビーを、なんとか慰めてやりたいとは思う。
それでも、現に彼は誰も見ていないところで寂しがるのだから、きっとそれに触れられたくはないのだろう。
弱い自分に気付かれたくなくて、それでも人肌が恋しくて。
さりげなく寝返りを打った虎徹は、寝ぼけた人間がそこにあるものをふと掴んだかのようにバーナビーをその胸に抱き寄せる。
びく、と身じろぐ身体を抱き込んで、ただ規則正しく寝息を聞かせる。
そのうち腕の中の息が同調してきて、同じような寝息になるのを確かめてから虎徹も眠った。
翌朝、まだ暗い頃に腕の中から気配がすり抜けて消えていく。
いつもこうやって、虎徹が目覚める前に、そこには最初から誰もいなかったかのようにバーナビーは消える。
身を起こす気配で虎徹も目覚めるが、やはり眠ったふりをしているのでバーナビーの表情一つも確かめることはできない。
少しは、昨夜やってきたときより明るい顔で帰って行っただろうか。
ここに来る理由をバーナビーが語ることはないだろうし、虎徹が問いただすこともない。
だから結局それは永遠に不明のままなのだが。
唇の端に少し笑みを浮かべて、虎徹は二度寝を決め込む瞼を閉じた。