「さっきのキャビネット、表に運ぶの手伝ってくれませんか?」
 俺はその言葉で、そのタンスが"キャビネット"と呼ばれるべきものだというのを知る。
 バーナビーは、今度は何やら手鏡のようなものを観察している。その手鏡というのもアンティーク雑貨で、重い手鏡など実用性は無いだろうがインテリアには良さそうだった。
「表に出すの?」
「ええ、輸送トラックがもうすぐ来るはずなので」
 俺はそこで初めてあのタンス――キャビネットに買い取り手がついたのだと気付いた。
「あれ、売れたんだ」
「9000ドルで」
「たっけー!」
「良質なものですから。別にぼったくってる訳じゃないんですからね」
 そんなつもりで言ったのでは無かったのだが、バーナビーは少しムッとしていた。その表情も可愛いと思ってしまうのだから俺は相当な相棒馬鹿だ。
「その手鏡もやっぱ高いの?」
「僕が映ってると美しく見えちゃうので、なかなか値段が出せないんですよね」
 その言葉にはあえて何も言わないでおくと、しばらくして彼は「突っ込んで下さいよ」と小さく呟いた。思わず頬が緩むのが自分でもわかった。
 店内に所狭しと置いてある家具を避けながらキャビネットを外に運ぶのはなかなか難儀で、こんなときにハンドレッドパワーがあればなと思ってしまう。キャビネットも傷付けられないし、他の家具も傷付けられない。市民も悪者も怪我をさせられないと意気込んでいたあの頃の気持ちと同じだ。
 バーナビーはヒーロー引退後の今をどう思っているんだろうと、ふと思う。今まで考えてこなかったかのように振る舞ってはいるが、本当はこの1年で何十回も何百回も考えたことだ。バーナビーの引退は俺の引退の直後だ。少なからず俺が何か引退の原因の一部とかになっているに違いない。自意識過剰かもしれないが、それでもほんの一部でも俺の引退が影響していると思う。
 俺とバーナビーは、変な関係だ。彼が俺のことを好きでいてくれているのは、鈍感な俺でも薄々感付いている。それも最近に始まったことではなく、彼が初めてキングオブヒーローになった頃からだ。
 そして俺も彼が好きだった。彼の過去を知ったときあたりから、ずっと。放っておけない子供のように思っていたのに、いつの間にかそういう対象として見ていた。そして彼はきっと俺の気持ちに気付いている。
 それでもどちらも告白はしない。恋人関係のような雰囲気で接しながらも、まだお互いの間に引いたラインを踏み込めないでいた。俺はバーナビーに告白したら、彼の未来を奪ってしまうような気がして、それが怖いのだ。

 誰かが開きっぱなしの店の扉をくぐり抜け、店内にハイヒールの音を響かせる。度々この店に来てくれる、顔なじみのお客さんだった。
「あ、すんません、ちょっと今タンスを運んでて」
 キャビネットを持ったままでは上手く動けず、俺は動きを止めてお客さんに言った。彼女はくすりと笑って一旦外に出てくれたので、俺はなんとかキャビネットを外に運ぶことが出来た。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
 バーナビーがカウンターから出てきて、お客さんの対応を始める。少し会話をしたあとで、彼はお客さんにランプを紹介し始めた。
 彼は本当に何でも出来てしまうんだなと改めて実感した。なんでも出来るというのは、何に対しても努力をするも努力家ということだ。そんな人はいないと思っていたが、彼を見ていると"オールマイティ"も都市伝説などではないのだと思える。
「このスタンドライトは80年前のもので、普段使いの1点物なんですよ。少しそこに傷がついてますけど、オーク材が良い感じでしょう?」
 あぁ、あれは前回バーナビーと買い付けに言ったときに彼が一目惚れして買ったものだ。
 俺は今まで海外旅行なんて数年に一回行くかどうかだと思っていたのだが、この店を手伝うようになってから俺は一ヶ月に一度は海外に行っている。
 アンティーク店に欠かせないのが商品の買い付けだ。海外のメーカーや販売店と契約したり、仲介業者を通して仕入れをすれば自分たちが現地に赴くことがないので店を休むこともないので"効率が良い"のだが、それでもバーナビーは自分の足で買い付けに行き気に入った物を買ってくる。
 買い付けは余程楽しいらしい。調子に乗って観光地を回ったり郷土料理を食べ回るので、買い付けたものの売価から原価と旅費を引くと残るものはほとんど無い。それでもバーナビーは買い付けに行き、観光地へ俺を連れ回す。
「ありがとうございました」
 バーナビーがお客さんに向かってお辞儀している。彼女もバーナビーに軽く頭を下げてから、店を出て行った。すぐにカウンターに備え付けてあるメモ帳に何や走り書きをしたバーナビーは、俺に向かって言った。
「あのライト、三日後に発送です」
「へー、売れたんだ。綺麗な柄だしな」
「えぇ、900ドルのところを750ドルでお買い上げです」
「まけたの? バニーちゃんがまけるなんて珍しいな」
「そろそろ別の商品を置きたかったので、早く売っちゃいたかったんです」
 バーナビーはカウンターの下から旅行雑誌を取り出して、几帳面に付箋を付けていたページを開いて俺に突き出してきた。
「今度はここに買い付けに行きませんか? シュテルンビルトから結構離れてますけど、頑張れば五日くらいで戻って来れます」
「ホントに買い付けが目的なのー? そもそも観光雑誌じゃねーかそれ」
「ついでに観光くらいしても良いじゃないですか。駄目ですか?」
「駄目なわけねーだろ、俺はむしろ観光のついでに買い付けしたい」
 じゃあ決まりです、とバーナビーは店の景観を崩さないように目立たないところに置いておいたパソコンを開いて、早速その地域の観光スポットを調べ始めた。
 同じだ。あの頃の、俺の隣の机でデスクワークをしていた頃の彼と、全く同じだった。キーボードの上を器用に動く長い指も、伏せがち長い睫毛も、画面を見つめる碧の瞳も。
「……なんでお前までやめちまったんだよ」
 気が付くと俺は心の中に溜めていたものを口からこぼしていた。

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