それにしても、重い。
 力仕事には慣れているつもりだが、それが予想以上に重かったことと掴み辛い形をしていることがあって、俺はなかなかそれを運べないでいた。
 俺は今、バーナビーに運ぶように頼まれた古ぼけたタンスを、間違っても傷付けたりしないように出来るだけ慎重に運んでいる。
 これが一体何なのか、俺にはわからない。わかっているのは、このタンスが馬鹿みたいに高額だということ、それとコレの価値がバーナビーにはわかるということだけだ。
「なぁ、タンス置くのここで良い? それとももう少し手前にする? どっちが良い?」
「はい……」
 駄目だ、話が通じない。
 バーナビーは、カウンターに座って、なにやらティーポットのようなものを眺めている。手袋を嵌めて価値をはかる目付きは、真剣そのものだ。
 彼がこうなっている間は、どうしても会話が成立しない。何を言っても返事は上の空だ。
 こういうときに俺は決まって彼の観察をする。司令官から指示が下りなくなった為にそれ以外にやる事が無いというのもあるが、ただ単に俺は彼の観察が好きなのだ。出会ってからもう何年になるだろう、睫毛が長いなーとか肌が綺麗だなーとか、見ていて飽きることはない。この先、飽きることなんて一生無いかもしれない。
 そのうちに、バーナビーが邪魔そうに一つにまとめていた髪をほどき、顔を上げる。査定は終わったらしい。
「どうだ? そのポット」
「銅製のピッチャーです。110年くらい前に作られたものでしょうね。未使用品じゃないので少し凹み傷があるのが残念です」
「なんでそんなもんまでわかるの?」
「説明しても聞かないでしょう?」
 それもそうだ、と俺は思う。厳密に言えば"聞かない"のではなくて"聞いてもわからない"のだが、きっと彼にとって大きな差は無いだろう。
「値段は?」
「そうですね、50ドルで」
「安いな、現時点でうちの店の最安価なんじゃね?」
「家具じゃなくて雑貨で、しかも傷物です。こんなものでしょう」
 でしょうと言われても、わからない。とりあえずそのポットがアンティークだということ前提で見たから50ドルという値段を安いと感じたが、俺だったら装飾もあまり無いシンプルデザインである上に重いポットに50ドルも出す気にはなれない。それくらい、俺には価値がわからない。
「あ、そうだ、タンスはどこに置けばいい?」
「あぁ、すみません、そこで良いです。あとでまた運ぶの手伝ってもらえます?」
「もちろん」
 それだけ答え、さてどうしたものかと辺りを見回す。お客さんもあまり来ない店では、接客も事務も仕事があまりない。だからやることが無くなってしまったのだが、朝に掃除をしたおかげで今は散らかっていないので掃除の必要もない。
 俺はとりあえず外に出て、申し訳程度に飾ってあるプランターの小さな花に肥料をやることにした。この花々を手入れするために店先に置いてあるシャベルやジョウロも、この店らしいアンティーク物だ。

 ヒーローをやめてから、もう一年が経つ。
 俺は能力が完全になくなってしまったことや、歳のことを考え、ヒーローを辞めることにした。辞める直接の決定打になったのは仕事中に負った怪我なのだが、今ではその怪我はもう何の跡もなく消えている。怪我をしたときは仕事に差し支えると困ったものだが、今振り返ってみるとヒーローを辞める良い機会になったと思える。
 ヒーローを辞めると言ったとき、上司達も他のヒーロー達も俺を止めることは無かった。それぞれから餞別のをもらい、ブルーローズやドラゴンキッドなんかは目に涙も浮かべて別れの言葉を言ってくれて、随分懐いてくれたものだと嬉しかった。
 すぐにオリエンタルタウンに帰ることも考えたが、なんと楓の学校がシュテルンビルトにあるとのことで、逆に楓がこちらに来て暮らすことになった。NEXTの学校に行くことも一回すすめたが、楓は普通の学校に行くことを選んだ。能力のコントロールにも随分慣れたようで、人前で迂闊に発動させることも無いだろうと考えておれはそれを承諾した。
 全てが大団円だと思われた中で意外だったのは、俺が引退したあとすぐにバーナビーもヒーローを辞めたとだった。これには上司達にも散々文句を言われたらしいが、それでも彼の決心は揺るがなかったらしい。
 意外だった。最初こそ「ヒーローという肩書きは自分の目的のための道具だ」とでも言うような仕事っぷりだったのだが、一年間のコンビ解消のあと再結成したときのバーナビーは本物のヒーローだった。だから、そんなにあっさりヒーローを辞めたりはしないと思っていた。
 彼は、ヒーローを辞めてまず俺のところに報告に来て(そのときまで俺は彼の辞職を知らなかった)、それから俺を外に連れ出した。
 彼に着いて行った先は、俺も何度か通ったことのある小さな通りだった。大通りから一本外れた道で、人通りが無いというわけではないのだが、比較的少ない。しかし上品さだけはあって、うるさいのが苦手だと言うバーナビーにはぴったりの落ち着いた雰囲気の通りだった。
 その静かな通りに面した、これもまた落ち着いていて気品のある小さな店。バーナビーはここを買い取ったのだと言った。あまりにも突然、そしてさらっと何でもないように言うから、一瞬彼が何を言っているのかわからなかった。
 事態を把握して驚いていると、バーナビーは俺を店の中に入れてくれた。少し前までは本格派の珈琲店だったというその店内はまだほとんど空っぽで、大きな段ボール箱が何個か置いてあるだけだった。これは荷物なのかと聞くと、彼は商品だと答える。許可をもらった段ボールをそっと開けると、出てきたのは使い古されたような鏡台。確かこれは"アンティーク"とか呼ばれるやつだ、とすぐにピンと来た。
「アンティークの店でもやんのか?」
「ええ、以前から少し興味があったので」
「一人で店をやるのは大変だろ? バイトでもとるの?」
「そうですね」
 バーナビーはそう答えると、店内をぐるりと見渡してから言った。
「重いものが多いので、力のある人がいいかな。……そうですね、実家で酒瓶でも運んでいたような人だと嬉しいです」
 そこまで聞いたところで、ようやく俺はバーナビーの行動の意図を察せた。バーナビーはまるで「駄目なんですか?」とでも聞くような目で俺を見ていた。またバーナビーと働けるというのは純粋に嬉しい。少し情けない話だが楓も俺が再就職すると聞いて安心したようで、再就職を快く承諾してくれた。
 それから約一年、俺は毎日バーナビーの店に通っては店の手伝いをしている。空っぽだった店内も今では独特の雰囲気を醸しだし、商品を大量に揃えつつも良い感じの落ち着きを持っていた。相変わらず店の前は人通りが少なく、お客さんが沢山(と言っても多くて10人くらい)来ることもあれば、一日中誰も来ないこともある。バーナビーは別に商売が目的で店を開いた訳ではないらしく、客足については何も言っていない。ただひたすら楽しそうにしている。


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