「誰かと思えば、」

虎徹は玄関の扉を開けた先にいた人物を見て、掠れた声を出した。

「今期も王位ほぼ確実のキングオブヒーロー様じゃありませんか」
「なんです、いきなり」
「いきなり何だと聞きたいのはこっちだね」

とりあえず入れ、と暗い冷気の中に立ちっぱなしだったバーナビーを部屋にあげる。
リビングの電気をつけると、それは今まで暗いのに慣れていた目には眩しすぎて、目の奥が一瞬痛みを感じた。

「今何時だと思ってんの」
「2時。寝てました?」
「寝てました」

普通は外を出歩かないような時間であることを即答するバーナビーをソファーに座らせ、お茶を淹れようとやかんを手に取る。すると、バーナビーは「お酒が良いです」と言ってそれを阻止した。
虎徹はやかんを置き、冷蔵庫を漁る。上等なワイン等は無いが、ビールなら何缶か冷えていた。

「ビールで良い?」
「赤ワインとか無いんですか」
「ない。贅沢言うならあげない」
「ビールで我慢します」

可愛くない相棒にビールを一缶手渡しする。普段ならコップに開けて飲むのだが、なんとなく今日はそうしないように感じた。そして予想はあたる。バーナビーはプルタブを起こし缶を開けると、そのまま口をつけて飲み始めた。
虎徹はそんなバーナビーを黙って見つめたあと、L字型にしてあるソファーの彼が座ってない方に腰掛けた。隣に座るよりも、こちらの方が顔が見えて話しやすいのだ。

「今日のデートどうだった?」
「……」
「言ってたじゃん、この前付き合い始めた子と初デートするとかさぁ」
「……」

虎徹はそこまで言って、缶ビールを飲むフリをしてバーナビーの表情を窺う。やっぱり、予想通りの顔をしていた。

「別れました」
「また?」
「本気じゃなかったんですよ」

バーナビーは早くも缶ビールを飲み干し、もう一本に手をかけた。虎徹はそれを止めない。

「本気じゃなかったって、バニーが?」
「僕が。彼女から見た僕が」

ああそういうことね、と虎徹は納得する。というよりも、「今回もか」と思ってしまうくらい、いつもと同じパターンだった。

バーナビーは女性と長く続かない。
長くて6ヶ月、早いときは2〜3週間とまちまちではあるが全体的に短い。
これだけ言えばバーナビーがただ単に女を取っ替え引っ替えして遊んでいるように聞こえるだろうが、そういうわけではない。本人は至って真面目なのだ。

「なんて言われたと思います?」
「さあ」
「普通恋人にそんな態度で接しない、本気じゃないんでしょ、って」

身体がいつもの何周りも小さくなったように思えるバーナビーは、ビールの缶を両手で包むようにして目に涙を溜めていた。
ず、と時折鼻を啜る音がして、不謹慎ながらも彼が本気で傷付いていることに安心する。同時に人間らしい感情を持っていることにも少し喜んでいる自分がいる。

「僕ってそんなに駄目ですか?」
「うーん」
「遊んでるように見えますか?」
「どっちかって言うと、真面目すぎるんだな」

バーナビーが少し顔を上げて虎徹の方を見る。虎徹はまだ半分以上残っている缶ビールの上部を片手で持って、背もたれに体重を預けた。

「普通、彼女に敬語は使わない」
「それは癖で……それに気が付いたときはちゃんと敬語外してました」
「あとレディーファースト意識しすぎ」
「そ、それは、普通じゃないですか」
「恋人なんだからそんなに紳士的に接したら駄目なの」

バーナビーはもう三本目の缶ビールを飲み始めた。今度は水やジュースを飲んでいるかのようなハイペースな飲み方ではなく、ちまちまと酒の味を確かめるように飲んでいた。

「他人行儀っていうかさぁ、"本当に自分はこの人と恋人同士なんだろうか、この人はどの女性相手でも態度が一緒だ"って、思っちゃうだろ?」
「……」

バーナビーは視線を自分の足下の方にまで落として、小さく頷いた。

「お前が彼女を大切にしてたのはわかるんだよ、でもな、素を出さないことには意味がない」
「素って、僕の素を?」
「そう、演技しながら付き合ったら駄目だ」

虎徹の方を見ないまま、バーナビーが口を開いた。

「だって僕、本当は何も出来ないんですよ?料理も出来ないし、掃除も出来ないし、常識だって抜けてるし、本当は人と目を合わせるのだって苦手で」
「うん」
「朝は弱いし、暑いのも寒いのも死にそうになるくらい苦手で、そういう日は寝転がってばかりだし」
「うん」
「僕、すごく面倒臭い性格ですし、認めたくないけど泣き虫です」
「そうだな」
「素なんて出したら嫌われるんじゃないかって……」

そう言うバーナビーは、自分で泣き虫と認めるだけあって、もうぼろぼろ涙をこぼして泣いていた。
もう何回目にもなる失恋が、そんなに辛いか。
虎徹は一旦立ち上がりバーナビーのすぐ横に腰を降ろすと、泣きじゃくる後輩の身体を引き寄せて自分の身体に寄りかからせた。途端に泣き声が酷くなり、バーナビーは子供のように声を上げて泣き出した。

「そういうガキっぽいところも見せれば良いだろ」

そう言うと、バーナビーは小さく首を振った。

「無理ですよ、そんなの……、嫌われるに決まってる」
「演技してでも嫌われたくないくらい好きだったんだよな、よしよし辛かったな」

わざと子供にするような接し方をしてみれば、バーナビーは涙を虎徹に染み込ませるように頭をすり付けた。

「……虎徹さんみたいな人がいれば、楽なのに……素を出せる相手なんて、虎徹さんだけなんですよ、僕には」
「飲み過ぎだ、バニー」
「すみません……」

バーナビーは三缶目のビールを飲み干してテーブルに置き、立ち上がった。しかし足元がふらついたのか、すぐにソファーに座ってしまった。

「急に立ち上がるから……大丈夫か?」
「はい、……今日泊まっていって良いですか?」
「まさか帰る気だったの?フラフラしてるし、しかももう3時だぞ」

もう眠そうな声で「じゃあ、ここで寝ます」とだけ言ったバーナビーは、早くもソファーに小さく横になって眠りについてしまった。
酔いが回っているその身体は、ちょっとやそっとの衝撃で起きそうにもない。虎徹はバーナビーの身体を両手ですくい上げ、部屋の電気を消してからロフトに上がった。


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