――自殺はできない。
朝、カレンダーの昨日の日付けのマスに×印をつけ、虎徹は外に出た。
自然の多いこの場所には、少し歩くと崖のような場所があるのだ。
そこに辿り着き、虎徹は迷うことなくそこから身を投げた。
しかし、投げたはずのその身は気がつくと元の位置に戻っている。「自殺は出来ない」はこういう形で阻止されるらしい。
「…あと2日」
虎徹は家に戻り、カレンダーをぼんやりと見つめながらそう呟いた。
「あと2日で、誰かが死なないと…」
「もう結果は出てるんですよ」
もう起きていたらしいバーナビーが、虎徹の背後に立ってそう言った。
振り向くとその右手には、刃の鋭い包丁が握られている。
バーナビーがそのまま近づいてきて、微笑みながら虎徹に包丁を向けた。
「バ、バニー…!?」
「自殺でもしようと思ったんですか?」
包丁を軽やかに手首で振りながら、バーナビーは笑った。
「ふふ…ははははっ」
「バニー、どうした…?」
虎徹に突きつけていた包丁を、バーナビーは自分の首に突き刺した。
「うわ…っ!」
吹き出る血を想像して思わず目を瞑った虎徹が恐る恐る目を開けると、首を貫通させた包丁を持ったままバーナビーが微笑んでいる。
血が出るどころか、その首には傷1つついていなかった。
「試したんですよ、僕も。自殺なんて出来ない…あの声は本当のことしか言いません…」
バーナビーが包丁を首から抜いた瞬間、虎徹はバーナビーの身体を思いっきり掻き抱いた。
その衝撃でバーナビーの右手からは包丁がからからと乾いた音を立てて滑り落ちる。
「誰かが誰かを殺して…っ」
虎徹は、目に涙を浮かべながら口を開いた。
「そのあとの人生を幸せに過ごせるわけないだろ…!」バーナビーも、虎徹の背に手を回して、力強く抱き締めた。
「だったら…もういっそ、残りの2日間、みんなで幸せに過ごしませんか」
その言葉に、虎徹はバーナビーの身体から自分の身体を離して、バーナビーの目を見つめた。
その目からは涙がこぼれていた。
「思い残すことの、ないように…その方が、ずっと良いじゃないですか…っ!」
「ああ…っ」
もう一度強く抱き締めあい、その頭でやり残したことがないかを探し始めた。
「やり残したこと?」
「ああ、母ちゃんに野菜の種蒔いとけって言われてたんだよ。別に今更やってもアレだけどさ」
庭で野菜の種を蒔く虎徹の横に、楓が座っている。
除草剤や栄養剤、肥料などが沢山入ったバケツを手に、虎徹はシャベルで土をほぐしていた。
「やる?」
「うん!」
虎徹がシャベルを楓に向けてそう聞くと、楓は元気に返事して土をほぐし始めた。
その背を見ていると、もうすぐ死ぬというのがやるせない気持ちになる。
やっぱり俺が死んでバーナビーと楓で暮らしてくれたら、ともう一度思ったが、その考えは頭から消し去った。
ふと縁側を見ると、バーナビーがそこに立ってこちらを見ていた。
その顔に虎徹が微笑むと、バーナビーはすごく冷めたような目で虎徹を一瞥してから部屋の中へと消えて行く。
「バニー?」
虎徹は、バーナビーを追って部屋の中へと入っていった。
すると、天井に付いていた電球が、真上から落ちてきた。
「うわ!!」
がしゃん、と酷い音を立てて床に砕け散る電球に、虎徹は声を上げる。
するとバーナビーがすぐに駆け寄ってきた。
「虎徹さん!どうしたんですか!?」
「あ…ああ…電球が落ちてきて…」
虎徹が床でバラバラになったものを指差して言うと、バーナビーは納得したような顔をした。
「…取り付けが甘かったんですかね」
バーナビーはそう言うと、あっさり部屋へと向かって行ってしまった。
(……まさか)
一瞬、バーナビーの仕業なのではないかという考えが虎徹の頭をよぎる。
そんなわけないと思っても、なかなかその思いは拭えなかった。
もうすぐ、2日目が終了する。
虎徹はバーナビーと兼用の寝室に入り、寝ようとしてふとバーナビーのいつも着ている上着がハンガーから落ちていることに気がつく。
バーナビーはシャワーを浴びてから寝ると言い、まだ寝室には着ていない。
虎徹はその上着をハンガーに戻そうと、拾い上げた。すると、上着のポケットの中にぐしゃぐしゃになった手紙が入っていることに気がついた。
見たら悪いとは思っても、好奇心には勝てない。
それに、お互いあと2日の命なんだから、なんて軽い気持ちもあり、虎徹は手紙を広げた。
そこには、信じられないことが書いてあった。
"ロイズさんへ。
手紙、わざわざありがとうございました。
僕も、そろそろヒーローとして復活したいと思っていたんです。でも、アポロンメディアのヒーローはバディーヒーローであることが売りだし…と悩んでいました。虎徹さんはもう能力がほとんどないので使えませんから。
でも、今回のお話で助かりました。近い将来僕のバディーになる人にもよろしく伝えて下さい。
ただ、虎徹さんが邪魔でちょっと言い出しにくいので、虎徹さんにこのことを話すのは少し後になると思います。よろしくお願いします。"
目を、疑った。
「使えない」「邪魔」、そこにはこの機会に俺を殺そうとするだけの理由が書いてあった。
(バニーは、俺を殺して、生き延びようとしてる…?)
それは自分が望んでいたことのはずなのに、人間とは悲しいもので、いざ相手が自分を殺そうとしているとわかると、すごく腹立たしく思えてきた。