気がつくと俺はベッドの上で横になっていた。
愛娘の楓や、普段共に戦っている他のヒーロー達が俺のことを覗き込んでいる。これは寝起きドッキリか何かだろうか。
みんなが口々に「良かった」と言う。なんだかドラマのワンシーンのようだった。
「良かった、お父さん、気が付いたんだ!」
「……き、が」
"気が付いたってどういうことだ?"と言おうとしたのに、声が思うように出てこない。そこで初めて気が付いたのだが、ここは病室のようだった。いっそ嫌みかとも思えるくらいに清潔感の溢れる感じが、俺は好きじゃなかった。
「虎徹、お前、丸五日も寝てたんだからな」
「……?」
「タイガー、覚えてないの?アンタ五日前の夜にハンサムと一緒に事故に遭ったのよ」
自分が事故に遭ったというのは簡単に信じられるものではなかった。全く覚えがないのだ。自分がこうなる前の記憶がいっさい無い。
記憶喪失にでもなってしまったかと一瞬思ったが、そうではないらしい。何故なら俺はこの場にいる全員の名前と顔をしっかり覚えているからだ。本当に事故に遭ったらしいことだけを忘れてしまっているようだ。
自分のことなのにまるで他人事のように考えていると、折紙が俺に言った。
「バーナビーさんはまだ目が覚めなくて……でも命に別状はないとのことなので」
だから安心しろ、と言わんばかりの折紙の口振りに、俺は心の中で盛大に首を傾げた。名前は知らないが、俺と一緒に事故に遭った人がいたのか。そういえばさっきもそんなことを聞いた気がする。
「良かった……」
俺がそう言うと、みんなもうんうんと頷いた。俺はヒーローだったからまだ良いが、一般人が事故に遭うと回復が遅い。やはり日頃から、サボり気味とはいえ身体を鍛えていると違うなと実感することがある。
俺はバーナビーと呼ばれた会ったこともないその人に会いに行ってみたくなった。花でも持って行ってお見舞いがしたい。事故に遭ったもの同士の、あんまり良くはない親近感だ。
「その、バーナビーって人はどこの病室に?」
「……え?」
俺がそう言うと、みんな揃って変な顔をした。人のお見舞いに行くのはそんなに変だろう。俺が相手を知らないから?あ、それとも、俺がまだ完治してないのに動くという点に変な顔をしたのだろうか。
「なんだよ、そんな変な顔して」
「虎徹……」
古くからの仲のアントニオが口を開く。ヤツらしくなく、珍しく視線がうろうろしているのが可笑しかった。
「お前の相棒じゃないか、どうした?」
「相棒?」
「……まだ起きたてだからな、そうだ、頭が混乱しているんだ、きっと」
なんのことだかわからない。混乱してなんかいない、意識はハッキリしている。みんなのことだってしっかり覚えている。そのバーナビーという人には覚えがない。どうかしているのはみんなの方だ。
何を思ったのかドラゴンキッドや楓たちがぽろぽろと泣き出してしまった。みんなもお通夜のような顔をしている。
視線をうろうろされるのは、今度は俺の番だった。
「……ふざけてんだろ?冗談だよな?」
「冗談なんかじゃ……」
その時、病室のドアが開く。入ってきたのは看護師で、その人は「もう面会時間は終わりだ」と告げた。簡単な挨拶をしてみんなが部屋から出て行く。
「バーナビーのこと、本当に覚えてないんだな?」
去り際にアントニオが言う。今度こそ、これは悪い冗談なんかじゃないんだと悟った。
「知らね、聞き覚えもねーし」
「……バーナビーが知ったらどう思うだろうな」
「わかんねーよ……全然知らない奴を相棒だって言われて……俺も意味わかんねーよ」
「そうか……まぁいずれ思い出すかもしれないしな、とりあえずゆっくり休め」
おう、と返事をすると、アントニオもみんなの背を追って部屋から出て行った。
当たり前だが、一人で病室に残った。つい先ほどこの部屋に来た看護師が言うには、このあと検査が色々とあるらしい。面倒なものだ。身体はもうすっかり元気だし家に帰ってしまいたいくらいだが、そういうわけにもいかないらしい。
一通りの検査を終え、俺は医者に聞いてみた。
「あの、バーナビーの病室ってどこですか?」
「あぁ……、彼はこの隣の病室だよ」
「ありがとうございます」
医者はそう答えながら、俺のことを怪訝そうな顔で見た。やはり俺はみんなに騙されていて、医者は俺とバーナビーが他人だということを知っているのではないだろうか、なんてことも一瞬考えたが、それは思い違いだとすぐにわかった。
「相棒が心配な気持ちはわかるけど、見に行かないようにね。君はまだ完治しているわけではないからあまり動くべきではないし、そもそも彼まだ意識がないから」
「あーはい…なんかすんません……」
俺は軽く医者に頭を下げた。
彼の病室は隣だと聞いた。もちろん見に行くに決まっている。