「一個目の眼鏡はあなたに踏まれてフレームが曲がりました」
「はい」
「二個目の眼鏡は今あなたにレンズを割られました」
「はい」

俺、鏑木虎徹は今オフィスの床に正座している。目の前に立ってるバニーちゃんは……はっきり言っていつにも増して怒ってる。
もうかれこれ30分くらいはずっと正座してる気がする。オフィスの床が冷たくなくて良かった。

「僕は今日、車で来ました」
「はい」
「眼鏡が無いと運転出来ないのに……どうやって帰れば良いんでしょうね」
「はい」
「はい、じゃないでしょう!」

突っ込み所のない言葉になんて相槌を打てば良いのかわからなかったから当たり障りのない「はい」とだけ言っていたのに、バニーちゃんはそれが気に食わなかったらしい。
だからと言ってなんて言ったら良いのかわからない。
俺は考えに考えて、口を開いた。

「眼鏡無い方が幼くて可愛いと思います」
「かわ……っ、馬鹿!」

違う、いや違わないけど違う。これは今言うべきじゃなかった。

ついつい口に出てしまった言葉に「やばい」と思ったけど、バニーちゃんが照れたのは意外な反応だった。可愛いって言われるの嬉しいのかな。

「と、とにかく!僕がこれからどうしたら良いのか一緒に考えて下さい!」

バニーちゃんったら耳まで赤くなって。口と顔のギャップがたまらない。

あれ、そういえばバニーちゃん、いつだったか「同じ眼鏡を5個持ってる」んだとか言ってなかったっけ?

「バニーちゃん、あと3個眼鏡無いの?」
「家にならありますけど。毎日5個ずつ持ち歩いてる訳ないじゃないですか……」

バニーちゃんが心底呆れたような顔をしてる。毎日必ず一回は拝むんだよな、この顔。

「……どうしよう」

あ、可愛い。
呆れた顔から一転、困ったような顔になった。これは本当になんとかしてあげたい。

「バス出てるだろ?」
「家に近いバス亭が無いので」
「電車は?」
「眼鏡が無いと切符とか買えませんし」
「同じゴールドステージなんだからたまには歩いて帰るとか」
「無理です、段差とかはもちろん信号も見えないんですよ」

ああ言えばこう言う。
眼鏡を壊した立場でそんなこと思っちゃダメだけど。

「眼鏡買ってきてやろうか?ちゃんとしたのは無理だけど無いよりマシだろ」
「でも危ないので運転は出来ませんよ」
「眼鏡あれば電車乗れんだろ?」

途端にバニーちゃんがムスっとした顔になった。
これはこれで可愛いんだけど、何かマズいこと言っちまったかな。

「バニーちゃーん?」

いっつも楓相手にしてる時みたいな声が出た。無意識だ。俺は、無意識に機嫌をとろうとしたらしい。

「バニーちゃんなんで怒ってんの?」
「……怒ってません」
「怒ってんじゃん!」

明らかに怒った顔してるのに否定してくるのはなんでなんだろう。バディでも言葉にしてくれなきゃ伝わらないことは沢山あるのに。

「言ってくれなきゃわかんねーぞ?なんで怒ってんの?」

そりゃ、眼鏡壊しておいて「なんで怒ってんの?」はあんまりかもしれないけど、でも今バニーちゃんが怒ってる直接の原因では無いと思う。
だったら、何がバニーちゃんを怒らせちゃったんだろう。

「……虎徹さん」
「ん?」

バニーちゃんがやっと声を出してくれた。

「……虎徹さんは今日、車ですよね」
「え、俺?あぁ、車だぞ」

俺のことなんか聞いてなんなんだろう。俺がどうやって帰るか心配してくれてるのか……、違う、別に俺は困ってないし。

バニーちゃん、さっぱりわかんな……――

「どうして!"送って行く"とか言ってくれないんですか!」
「えっ」

バニーちゃん、それは、盲点だったわ。

「別に眼鏡が壊されたくらいどうってこと無いんですよ!こ、困りますけど!」
「えっ」
「問題はあなたが送って行くって言ってくれないところなんですよ!……電車とかバスとか理由付けて断ったのに、…いえ段差とか信号とか見えないのは本当なんですけど!なのに……眼鏡買ってきてやろうか?なんて……」
「……」
「帰る手段なんて、タクシー呼べば良いんですよ。……したくなかっただけで」
「バニーちゃん……」
「いつ誘ってくれるのかって……僕、ずっと……。……もう良いです、タクシー呼んできます」

やばい。面倒臭い。
バニーちゃんかなり面倒臭い。

そこが可愛いんだけど。

「バニーちゃん……!おじさんの車に乗って行きなさい!」
「え……」
「ごめんバニーちゃん……、バニーちゃんを送りたくなかったとかそんなんじゃないから!思い付かなかっただけで、」
「わ、わかってますよ!」

思わずバニーちゃんを抱きしめる。いきなり抱きしめたからかわかんないけど、バニーちゃんは腕の中でじたばたして落ち着かない。

「わかって、ますよ、鈍いところも引っくるめて、…好きになったんですから!」

そんな可愛いことを言うバニーちゃんはまた耳まで赤くなってる。
ずっと抱きしめていたい。このまま離したくない。

「…虎徹さん、そろそろ離して下さい」
「えー」
「か、帰ってから、また、続きをすれば、良いじゃないですか……」
「バニーちゃん……!」

さて、この可愛い子を連れて、駐車場まで歩かないといけない。
段差とかが怖いだろうから、手を握って歩こう。

バニーちゃんの手をとると、びっくりしたみたいな反応が返ってきて、それからすぐに握り返してくれた。

ゆっくり歩こう。
今すぐにでも食べちゃいたいなー、なんて考えながら。

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