「きっと幸せになれますから」

 窓の外は街のネオンが煌びやかで、目の前のテーブルには美味しい料理とワイン。高級感溢れるレストランの店内には優雅なクラシック音楽が流れていて、この上品な雰囲気はプロポーズするには申し分のない場所だった。

「幸せにします、なんて言えませんけど。でも僕は幸せになれます」
「なんだよそれ」

 変わったプロポーズだな、と虎徹は笑う。不快感からくる笑みでは無かった。そんな虎徹の顔に。バーナビーも僅かに微笑みながら、それでも真剣な顔をしている。

「たとえ辛いことがあっても、貴方と一緒なら辛くありません。だから、ずっと隣にいてくれませんか」

 プロポーズは、突然ではなかった。今までもずっと付き合っていて、最近はお互いにいつプロポーズしようかと考えている、そんな状況だった。
 虎徹は少しだけ頬を染めて、それでも真剣な顔で、プロポーズを受け入れた。

「バーナビー・B・鏑木か?」
「なんですかそれ」
「名前がどうなるのか想像付かねぇ」

 いきなり名前の心配をしだす虎徹に、バーナビーは小さく笑った。

「名前の話はまだ早くないですか」
「いや、これはよく話し合っておくべき話だ」
「別姓でいい気がしますけど……虎徹・ブルックスじゃ駄目なんですか?似合わないけど」
「嫁ポジションはお前だろ?」

 名前はどうしよう、家は新しく買おうか、それともどちらかの家に一緒に住もうか。楓とも一緒に暮らしたいけど、どちらもヒーローであることには変わりないし、まだもう少し大きくなるまで実家に居てもらうべきだろうか。そうだ、家具の大体が一つで良くなる。冷蔵庫も電子レンジも、ソファーも、ベッドも。
 あまり長居するのも良くないと、二人はレストランを出た。もう初夏ではあるが、ゴールドステージの夜は冷える。冷たい夜風が二人の頬を赤く染める。レストランを出てネオンの中を歩いている間も、虎徹とバーナビーは新しい生活の話をしていた。

「車はどうしましょうね」
「別々に移動するときもあるしな、2つあって良いと思う」
「それもそうですね。やっぱりガレージの広いところに住まないと」

 歩きながら話し込んでいたら、いつの間にか普段二人が別れる大通りに出ていた。ブロンズステージに住居を構える虎徹はここで曲がり、バーナビーはこのまま直進すればいつも通りの寂しい帰路が待っている。
 いつもならここで簡単に挨拶をして別々の道を歩くのだが、今日はあんな話があったばかりだ。一人で帰る気にもなれない。虎徹は隣で信号が青になるのを待っているバーナビーの顔をのぞき込み、口を開いた。

「あのさ、……今日泊まっていい?」
「珍しいですね」
「なんか今日は一人で帰りたくない気分でさ」
「……僕もですよ」

 それじゃあ行きましょう、とバーナビーが横断歩道を渡り始める。信号が青になったばかりの横断歩道はこんなに人がいたのかと思うほど混んでいる。
 そんな中、小さな女の子が人混みの中で転んでしまったのが見えた。こんなところで転んだままだと危ない。大きな大人に踏まれたらきっとただじゃ済まないだろう。
 どちらからともなく二人は人混みをかき分けて女の子の方へ駆け寄る。この子の親は気が付かずに先に渡ってしまったらしい。少し膝をすりむいたらしい女の子が涙目になってこちらを見上げてきた。

「大丈夫か?痛いだろうけどとりあえず立っててな、危ないから」
「うん」

 涙をいっぱい目に溜めて、それでも泣き出すことなく立ち上がるその少女の様子に、少し頬がゆるんだ。少女は「ありがとう」と言って先に行った両親の方へ去っていく。最近の子は強いな、などと思いながらその背を見送った、そのときだった。
 完全に油断していたのが悪かった。他のことに集中してしまっていた。周りの人達の「危ない」という声や悲鳴で事態に気が付いた。それでは遅い。
 咄嗟に周りを見回した際に視界に入った信号の色はまだ青く、やっと点滅し始めた頃だった。一体何が危ないのだと横を見ると、大きなトラックが先ほど見送った少女の間近にあった。

「――っ!」

 ここから先は全てがスローモーションのようだった。
 まず虎徹が少女の方へ手を伸ばす。咄嗟に能力を発動したので、ぎりぎりトラックが彼女を襲う前に少女に触れることが出来た。そして、少し乱暴ではあるが、力任せに彼女を突き飛ばす。さすがに抱き抱えて自分も逃げるまでの時間は無かった。あぁ、トラックにも気が付いてないのにいきなり背後から地面に突き飛ばされて、痛いだろうなぁ……なんて、こんなときに何故か人のことばかり考えていた。
 バーナビーはその間に、トラックに向かって走った。このスピードで突っ込んできたことから考えて、居眠り運転か何かだろう。だとするとここにいる沢山の人を救助するなんて不可能だ。それを一瞬のうちに判断した結果だった。能力を発動させたバーナビーは、トラックに突っ込む。運転手を怪我させないと、これ以上トラックを進ませないことを優先しての行動だったが、自分のことはうっかり計算しなかった。
 身体に大きな衝撃が走る。能力のおかげでトラックを止めることは出来たが、防御力が上がるわけではない。目の端で虎徹が少女を突き飛ばしたのが見えた。安心したのもつかの間、もう一つ計算していなかったことが起きた。
 虎徹もすぐに気が付いた。トラックにぶつかって、大きな衝撃で跳ね飛ばされたバーナビーの身体が、こちらに飛んでくる。自分とふつかることで衝撃が軽減されるような飛ばされ方ではないので、受け止めるべきか避けるべきかが判断出来なかった。だから、咄嗟に腕を広げてしまったのは無意識の行動だ。
 バーナビーの身体が虎徹に勢いよくぶつかる。その事実以外何も認識出来なかった。痛みも、衝撃さえもない。そこで意識は途切れた。


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