「昼休みは用事があったんですけど」
「用事って?」
「ちょっと買い物に……」
「急ぎじゃないならいいじゃんー相棒だろー?」

昼休み。本当だったら読んで字のごとく休憩をとっているはずの時間だ。
それなのにおじさんときたら、膨大な量の始末書を前にひたすら項垂れている。
今日やるべき仕事というわけではないそれらは、普段彼が建物や車などの高額なものを壊し放題壊しているおかげでプラスして課せられるノルマだ。これで「ベテランヒーロー」なんて肩書きがあるのだから笑える。

「これだけ!これだけ手伝って!読んでサインするだけだから!」

おじさんは後輩である僕に、膨大な量積み重なっている書類の一部を押し付ける。
あ、面倒に巻き込まれる、と思ったのは咄嗟に受け取ってしまったあとだった。

「読んでサインするだけ……?」
「そう!」
「始末書じゃないんですか?」

始末書ならもっと記述するべきところが何箇所もあるはずだ。そんなものはさすがに手伝えない。
しかし読んでサインするだけとなると、まさかこれは――……

「あぁ、それは始末書じゃなくて……えーと、確か昨日出さなきゃだった書類だな」
「……」

呆れた。今度こそ盛大に呆れた。
僕は自然に出てきた溜め息を遠慮なく吐き出す。

書類に向かってペンを動かしながら「悪い悪い」と謝る彼に、惚れてしまったのは不覚だった。いつ惚れただとか、そんなものは覚えていない。気がついたら彼は僕の心の大部分を占めていた。
最初はとても素っ気無い態度で接されていたし、僕も接していた。けれど最近は彼の優しいところや、言いにくいけれどかっこいいところ、そんなものがどんどん目に飛び込んでくるのだ。迷惑だったお節介ですら今は愛しい。
告白なんてものはしていないし、これからするかも微妙なところだ。彼は僕のことをただの相棒だと思っているだろうし、彼にはもう娘さんもいる。僕が告白したところで迷惑なだけなのだ。

「仕方ないですね」
「ありがとバニーちゃん!」
「バニーじゃなくてバーナビーです」

彼の子供のように無邪気な笑顔は、目を瞑りたくなるくらいに眩しい。

本当はこの昼休みに、彼にチョコレートでも買おうかと思っていた。
今日このオフィスに来るまでの間に、街でチョコレートのチラシを貰った。そこで初めて今日がそういう日なのだと気づいたから、何も用意してなかったのだ。
告白しないと決めていても、こういう日に何もしないのは少し寂しい。それに、鈍い彼になら少しくらい大胆なことをしてみても気が付かれないだろうから。

そこで、僕はふとひらめく。

僕はおじさんに「飲み物を買ってくる」とだけ伝え、廊下にある自動販売機に向かい、迷わず飲み物を2つ買う。
手に取ったそれはとても熱く、少しでも冷めないように急ぎ足でおじさんのところへ戻った。

「どうぞ」
「俺の分もあるの?ありがとー!」

熱い缶を手渡すと、おじさんは少し固まって瞠目してから、すぐに微笑んだ。

「ココアか、珍しいな」
「たまには良いでしょう?」
「そうだな……こういう日には、良いよな」

おじさんは、今にも雪でも降りそうなくらい寒い色をした空を見上げながら、そう言った。
"こういう日"なんて、そんなつもりで言ったわけじゃないだろうけれど、僕はバレンタインのことに気が付かれたかと思って内心ひやっとした。

(寒い日には良いって言っただけだ、期待なんてしちゃいけない)

僕は期待を振り払うように首を振って、デスクについた。

「早く書類片付けましょう、出動要請があったらまたあなたの始末書が増えるんですから」
「酷い言いようだな!そんな頻繁に壊したりしねーって!」
「そうだと良いんですけどね」

今年のバレンタインデーは何も起こらなかったけれど、来年は何か出来るだろうか。
来年まで、この人と一緒に居られたら、それだけで十分だけれど。












朝、オフィスに入った俺は、驚きに硬直した。

なんと、バニーちゃんが、チョコレートのチラシを見ているのだ。
日頃から色んな人に「鈍い」と言われている俺だって、娘が「チョコ送るね!」なんて言ってくれたそのチョコが届く日、つまり今日のバレンタインデーを忘れるわけがない。

正直に言うと、俺はこの相棒であるバニーちゃんにただならぬ感情を抱いていた。
友愛だの親愛だのとそういうものではない。列記とした恋愛感情だ。

振り向いてくれることを望んで色々とアピールしてきた。最初は自覚するくらい素っ気無くしてきたが、最近では普通に、いやそれ以上に大切なものを扱うみたいに接している。
なのに相手は「俺がバニーちゃんを相棒としてしかみていない」と思っているらしい。
要するに、本当に鈍いのは、あいつの方なのだ。

もしも今日、そんなバニーちゃんが俺にチョコをくれたりなんてしたら、俺はどうにかなってしまうと思う。
何せ、心の準備が出来ていなかった。何も心構えをしていない俺が、良い対応をとれる自信なんてない。

それならば、告白自体させなければ良いのだ。
そして、良い頃合いを見計らって、俺の方から告白する。

そもそも向こうからの告白があって付き合うことになったとして、あいつの性格から考えれば「無理に付き合ってるんじゃないか」なんて誤解しかねない。
それに引き換え俺から告白すれば、向こうは安心できるだろう。同時に「告白されたから揺らいだのではなく、ずっと前からちゃんと好きだった」という証明にもなる。

よし、これだ。
鈍くて面倒くさくて、そんな可愛いお子様になんて告白させない。
そして、俺からの大人の告白を受け止めてもらおうじゃないか。

俺は、予想通り昼休みにオフィスから出て行こうとしたバニーちゃんを、口で引き止めた。




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