出会いは、最悪だった。
なのに、一緒にいるのが当たり前になって、側にいるのがこんなに嬉しいと思うようになったのはいつからだっただろう。




屋台の男の「恋人なのか」という問いをあっさりと否定した虎徹に、ショックを受けなかったと言えばそれは嘘になる。
けれどそれは当然のことだ。何故ならバーナビーは虎徹に告白さえもしていないからだ。厳密に言えば告白をしていないのではなく、告白したことを忘れてもらっているのだが、同じことだ。

(別に付き合ってほしいとかじゃない)

先を歩く虎徹に腕を引かれたまま、バーナビーは林檎飴を片手に溜め息をつく。

(ただ、僕の気持ちを伝えたいだけだ)

真っ暗なはずの道を橙色の提灯が明るく照らし、祭囃子や人々の雑踏が祭の雰囲気を醸し出す。
明るく賑やかな雰囲気に酔ってしまいそうだ。いや、いっそ酔ってしまえば楽だ。僕が気持ちを伝えたことをもしも後になって後悔したときに、「その場の勢いだった」と自分の自尊心に言い訳できる。

(自分に素直になるのが、こんなにも勇気のいることだとは思わなかった)

ずっと自分に素直になれていたら、こんなに勇気は要らなかっただろう。
それこそ目の前の背中のように、常に自分に正直でいられたら。

その眩しいくらいに煌びやかな背中が僕の方に振り向いた。

「バニーちゃん、あの高台行こう。花火見やすそうだから」
「はい」

花火を打ち上げる場所は、この神社から少し離れた海岸だ。昼間遊んだ、その場所。
虎徹が指さした先にはそれが見やすそうな高台があった。そこなら見えるだろうとバーナビーも頷く。

(好きだ)

どうしようもなく、好きだ。

自分でも気が付かないうちに硬く厚い殻に閉じこもってしまった僕は、思えばずっと自分に嘘をついてきた。嬉しいときに黙った。泣きたいときに笑った。悲しくて悲しくてどうしようもないくらいに辛いときには、仕方ないと無理に割り切って全てを諦めた。
そんな殻を破って、こんなに壊れきっていた僕を殻から引きずり出してくれたのは先輩だ。

ずっと、ずっと、隣を歩いていきたい。離したくない。

そんな願望もあるが、叶わなくたっていい。叶うとも思わない。
でも、気持ちだけは正直に伝えたい。先輩が教えてくれた「自分に素直に」なったその結果を、伝えたい。

「おお、上がった」

高台に上がったバーナビーの隣で、虎徹が静かに歓声を上げる。
色とりどりの打ち上げ花火は、二人の顔を色々な色に鮮やかに染め上げる。

虎徹は花火から視線を外して、隣にいるバーナビーの横顔を盗み見る。彼は瞳に花を映して、薄く開いた唇や自然と細まった目をそのままに、子供のような表情で花火を見ていた。

――俺も、バニーともっとずっと一緒にいたいと、思う。

虎徹に手を握られ、バーナビーが一瞬驚いたような顔をする。それからまた花火に視線を戻して、バーナビーは口を開いた。

(伝えよう。どう思われたって構わないから)

握られた手を強く握り返して、バーナビーは花火を見詰めたまま言葉を紡いだ。

「虎徹さん、今度は、忘れないで下さい」

あの日の夜に、臆病さ故に「忘れろ」と言ったこと。
もう一度、花火に紛れて伝える。

「好きです、虎徹さん。愛してます」

どん、と響き渡る一際大きな音と共に、大きな花が夜空に咲いた。
人々の歓声も一際大きくなる。

「俺も大好きだよ、バニーちゃん」


虎徹が、にっこりと笑いながらそう返す。
世界一優しい振り方だった。

その「大好き」が恋愛感情からの言葉じゃないことくらい、恋愛経験のほとんどないバーナビーにだってわかった。

「…ありがとうございます」

声は震えていなかっただろうか。
バーナビーは虎徹の手をもう一度強く握り締める。
決して拒絶ではない。包容だ。優しい、とても優しい失恋をした。

「ごめんな」

虎徹が、花火を見詰めたまま口を開いた。

「まだ友恵だけなんだ、俺は。でもバニーちゃんも大切だし、…まだ恋愛とまではいかねぇけど、でももうただの友愛とか、そんなのは超えてる」

"友達以上、恋人未満"という言葉がしっくりきた。
もう友恵と離れて大分経つが、虎徹はまだ気持ちの整理が出来ていなかった。いや、していなかった。
バーナビーのことも好きなのだが、まだ友恵のことしか考えられない。これが正直な答えだった。

「すげーズルいこと、言っていい?」

虎徹は、予想に反して穏やかな顔をしているバーナビーに顔を向ける。
バーナビーも視線に気が付いて、花火から視線を外した。

「気持ちの整理がつくのは、まだ大分先だと思う。でも、もしも、俺が気持ちの整理がついたときに、まだお前の気持ちが変わってなかったら」

華やかな夜空に、人々の歓声が響き渡る。
夏の終わりの空は、これ以上無いくらいに綺麗だった。

「そのときは、今度は俺から言う」
「…待ってます。急がないで下さいね」
「ああ」

イエスでもノーでもない答えだったが、バーナビーは満足だった。
伝えることは出来た。それに、いつになるのかはわからないが、もしも「そのとき」が来たら今度は向こうから伝えてくれる。

(僕には十分過ぎるくらいの返事だ)

最後の一つと思われる、一番大きくて一番綺麗な花火が夜空に散る。暫くの余韻のあとに響くのは、花火の終わりを告げるアナウンスだった。

「帰りましょうか」
「そうだな、明日も色んなところ回りたいしな」

くるりと身体の方向を変えたバーナビーの片手をとって、手を繋いで歩きだす。
虎徹はバーナビーの冷たい手をぎゅっと握りしめて、肩を合わせるようにぴったり寄り添った。

気持ちの整理が終わるまでに、若いバーナビーなら良い人を見付けられるかもしれない。そうなったら、それが一番幸せだろう。
バーナビーには悪いが、気持ちの整理だけは急ぐことが出来ない。友恵のことをいい加減にあしらうことなんて出来ないし、出来たとしてもそれでは友恵もバーナビーも中途半端に扱うことになる。

ゆっくり考えよう。

旅も、人生も、まだまだ時間はあるのだから。








2011.11.24

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