「意味がわかりません」

ぴしゃりと、それこそ自分と彼の間にある見えない扉を閉めるように、バーナビーは言い放った。

「僕が納得できる説明をして下さい」
「…っだー!めんどくせぇなお前は!」

バーナビーは普段の表情は崩さないままに、冷ややかな目で激怒している。
もうすぐ本格的な冬だというのに冷房の効いたオフィスの中で、虎徹とバーナビーはいつものように口喧嘩をしていた。

「仕事だったのはわかります。で、なんで飲みに行く必要があったんですか?」
「だーかーら!」

虎徹はバンと大きな音を立てて、2人を隔てるように位置するデスクを叩く。
この部屋には、デスク越しに対峙する2人の他には誰もいなかった。

「バニーちゃんみてぇなお子様にはわかんねーかもしれないけど!仕事で話し合いした後に飲み屋に行くってのは自然な流れなんだよ!」
「…どこが自然なんですか」
「だからお子様にはわかんねーっつったろ!別に俺だって行きたくて行ったんじゃねーよ!お前が仕事なら仕方ないって言うから…」

昨夜、バーナビーと付き合い始めてもうすぐ1年となる虎徹は、いつものようにバーナビーの家に泊まる約束をしていた。
それは前々から2人の多忙なスケジュールの中に半ば無理矢理組み込んでいたもので、もちろん虎徹もそれを楽しみにしていた。
しかし、虎徹に急に仕事が入ってしまったのだ。

「別に僕だって仕事をキャンセルしてまで泊まりに来いなんて言いませんよ!僕が言ってるのはその後の話です!」
「その後だって仕事のうちだろ!」

仕事の内容は簡単なもので、一言で言えば日頃お世話になっているスポンサー様との近況報告会のようなものだった。
ただそういった話し合いの後には、飲むというのが付き物だ。
当然の社交辞令なのにそれを怒られるのが、虎徹には解せなかった。

「…大体最近あなたずっと僕のこと避けてるじゃないですか」
「は?」
「朝こうやってオフィスで会う以外は全然顔も見せてくれないし」

よくわからない方向にズルズルと話を引きずるバーナビーに、虎徹は溜息をついた。

「そりゃお前だってそうだろ。お互い仕事で会えてねーんだから。わかんねぇ奴だな」

虎徹がそう言うとバーナビーは唇を尖らせて、何も言わずに席についた。

「……なんだよ」
「もう良いです。言ってもわからないでしょうから無駄です」
「なんだよそれ」

それきり一切口を開かなくなってしまったバーナビーを一瞥して、虎徹も席についた。

虎徹はバーナビーを避けているわけではないし、これを避けていると呼ぶのならばバーナビーだって虎徹を避けていることになる。
あの事件で見事な活躍をしてから、「タイガー&バーナビー」は、死にそうなくらいと言っても過言ではない程に忙しい日々を送っていた。だからお互い取材や撮影などの仕事に追われ、たまに休めると思えばそういうときに限って出動要請が出る。
要するに、お互い疲れきっていて気が短くなっているのだ。バーナビーが本気で「相手が自分を避けている」なんて思っていないことも、虎徹にはわかっていた。単なる八つ当たりだ。

「なぁバニーちゃん、どうしてほしいの」
「……」
「黙ってちゃわかんねーよ」

相手に対する苛立ちを最大限に抑えて出来る限り優しく問うも、バーナビーはちらりと虎徹を見ただけですぐパソコンの画面に視線を戻してしまった。

「バニー」

虎徹が席を立ってバーナビーの背後に回る。彼が座るその椅子をくるりと半ば強引に回すと、バーナビーはこれ以上無いくらい鋭い目つきでこちらを睨み上げてきた。

「仕事の邪魔しないで下さい」
「…、…そーかよ」
「先輩」

もう話は終わりだと言わんばかりのことを言っておいて、バーナビーは口を開いた。

「なんだよ?」
「僕達付き合ってるんですよね?」

いきなりの問い掛けに、虎徹がバーナビーの椅子の背もたれを掴んだまま硬直する。バーナビーはそんな虎徹の両腕に挟まれるような状態のままで虎徹を見上げ続けた。

「…んだよ、いきなり」
「先輩は僕のこと好きですか?」

虎徹はたじろぎながらも、頷いた。

「そうに、決まってんだろ」

そう答えると、バーナビーは表情を変えないまま虎徹に言った。

「じゃあ好きって言って下さい」

虎徹は僅かに眉を顰る。
今好きだと伝えたばかりではないか。

「…今言ったろ」
「そうに決まってるとは聞きましたけど、好きだとは言われてません」
「…言われなきゃわかんねぇのかよ」

バーナビーは、虎徹の片腕を掴んで離さない。
その目は、「言葉が欲しい」と無言で訴えていた。

実は、二人が付き合い始めたのも自然の成り行きであって、実際どちらかが「好きだ」と伝えたのではなかった。
何故なら、虎徹とバーナビーは二人して意地っ張りで、それから内向的だったからだ。
その上、これは虎徹に限った話だが、相手に好きだと言うことにまだ罪悪感があるのだ。左手の結婚指輪への。

「あなた一回も僕に好きだって言ってくれてないんですよ?こうやって、僕から好きなのかって聞けば答えてはくれますけど」
「さっきから俺ばっか責めるけどな、じゃあお前も自分から好きだって言ったことあんのか?今ここで言えるか?」
「……っ、……」
「ほら、言えねぇんだろ」

お互いに譲らない口論は、いつの間にか口喧嘩に発展していた。
それに気が付いた虎徹は少し冷静になり、バーナビーの頭に手を添えた。

「伝わってんだろ?ならそれで十分じゃねぇか」
「……古いんですよ、考えが」
「お前だって言わねぇんだからもう良いだろ」
虎徹はその場をなるべくまるく収めようとするが、その気もないらしいバーナビーは虎徹の手をぱしんと振り落とした。

「別れた方がお互いのためなのかもしれませんね」
「……そうかもな」

あまりにいい加減に重い話を切り出したバーナビーに、さすがに虎徹も顔がきつく歪む。
本気で別れた方がいいのかもしれない。元々、色々と正反対な自分達が付き合うなんて無理があったのだ。

虎徹が黙って席に着こうとすると、腕に付けていたPDAが鳴った。出動要請だ。
タッチすると現れる液晶から指示を受け、事態を把握する。NEXTの犯罪者に乗っ取られた大型車が暴走しているとの話だった。

「バニー、行くぞ」
「それで呼ばないで下さい。それから今日はあなたと一緒に行動する気はありません」
「はぁ!?お前、ただの喧嘩に仕事を巻き込むなよ!」

オフィスを出て斎藤の待つ車両に向かって走るバーナビーは、すぐ隣を走る虎徹には目もくれずに言った。

「あなたにとっては"ただの"なのかもしれませんけど、僕はとてもあなたと仕事が出来るような気分じゃないですから」
「気分とかで決めんのかよ!」
「今日あなたと仕事したら逆に失敗すると思うので」

確かにそうかもしれない、と虎徹も思った。今のバーナビーと自分はとても息を合わせられる気がしない。こんな状態で戦ったら、逆に危ないだろう。

それから事件現場に着くまで、虎徹とバーナビーは一言も口をきかなかった。

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