何とも形容し難い視線を、バーナビーは目の前のケーキに向けた。

「…なんなんですか」
「それ、新作ですっごい人気なの」

休日の午後の、店内飲食のできるケーキ屋。周りの客は女性客ばかりだ。
バーナビーは深く被った帽子をさらに深く被り、とにかく一般客を装うことに努めた。

テーブルの上の、先ほど運ばれてきたばかりの熱い紅茶と真っ白なケーキを交互に見つめてから、バーナビーは目の前に座る女子高生を見た。

「そんな怖い顔しないでよ」
「…もう一度聞きますけど、なんなんですか」
「そのケーキ、クリームで薔薇の形になってるのよ」
「そうじゃなくて…」

自分がケーキに手をつけないのが理由なのか、目の前に座るカリーナもケーキに手をつけない。先ほどから熱々の紅茶を一口ずつ啜っている。

「なんでこんなことに…」
「ん、私のケーキ半分あげるからそれ半分頂戴」
「…どうぞ」

カリーナはバーナビーの前の置かれていた"ホワイトローズ"というケーキをひょいと持ち上げ、自分のフォークでそれを半分に切った。そうしてからそのまま食べ始めるカリーナを眺めながら、バーナビーは手元の紅茶を啜る。この紅茶はザクロの紅茶らしく、甘みの中で少し酸味が効いていた。

「2つ食べたら太っちゃうんだもん」

半分食べ終えたケーキをバーナビーに返し、カリーナは自分のケーキを少しフォークで掬って口に含んだ。こっちも美味しい、と呟いてからカリーナはバーナビーの方を見る。
半分ずつ食べれば1個分だからか、とバーナビーは納得する。

「だからって僕じゃなくても…他の人じゃ駄目だったんですか」
「だってアンタ甘いもの好きでしょ?」

思いがけない勧誘理由に瞠目する。
バーナビーはカリーナに一切甘いものが好きなんて言っていないし、そもそもそんなことがバレるような場面にも出くわしたつもりは無かった。
ポットから砂糖を2杯、"アポロン"という洒落た名前のついたザクロの紅茶に落としてスプーンで軽く掻き回しながら、バーナビーは首を小さく傾けた。

「なんでそう思うんですか?」

確かに甘いものは好きなのだが、あえて肯定も否定もしなかった。
市民達に受動的に付けられた"テレビ用のクールなイメージ"を保っていたいからだ。プライベートだけだからといって妥協すると仕事のときにもボロを出しかねない。
しかしカリーナはそんなバーナビーの気苦労を嘲笑うかのように、口元で笑った。

食べないのかとカリーナに聞かれて、バーナビーは自分が自分の分のケーキにさえ全く手を付けていなかったことを思い出した。
フォークを手にとり、それでケーキを一口分に切り、口に入れる。味はもちろん甘ったるいものだが、嫌いではない。むしろこういうただ甘いだけのものは好きだ。

するとその様子を見ていたカリーナがにやりと笑う。

「差し入れが甘味だったとき、自分がどんな顔してるか知らないでしょ」
「……」
「甘いもの食べてるときのアンタ、すごい嬉しそうな顔してる」

そう指摘されて、思わず口元に手をやった。
なるべく無表情にしているつもりだったのに、自分で思っているほど無表情を装えていなかったのだろうか。

「…そんな顔してませんよ」
「ううん。パッと見無表情だけど、よく見てると全然顔違う」
「なんで"よく見てる"んですか…」

そう指摘すると、カリーナは熱い紅茶を飲みだした。彼女の機嫌的にも、これ以上は突っ掛からない方が良いかもしれない。

「僕、それほど甘いものが好きなつもりはありませんよ」
「ふーん、そうなんだ。好きなのかと思った」
「別にそうでもないです」

そう言ってからバーナビーは、食べ終わった自分のケーキの皿から手を引いて、今度はカリーナの"アントワネット"という、彼女らしいような名前のついたケーキに手を伸ばした。

「あっ」
「戴きますよ、さっき半分あげたんですから」

そう言って彼女が残していたケーキを食べ始めた、まるで大人げの無いバーナビーを見ながら、カリーナは呟いた。

「……やっぱり甘いもの好きなんじゃない」
「…何か言いました?」
「なんにも言ってない」

そうですか、と言ってまたケーキを食べだしたバーナビーの顔は、やはり柔らかいものだ。今度はバイキングにでも連れて行こう、とカリーナは微笑んだ。


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