ぱしん、と渇いた音がする。
力強くは無かったが、それでもしっかりと何者かに片腕を捕まれ、虎徹は立ち止まって振り返る。
長年生きている勘なのか否か、悪意のある手には思えなかったために、虎徹はゆっくりと相手を確認した。

「あ、あの」
「?」

街の中心部といえど人々の足が途絶え始める現在の時刻はちょうど夕飯時。大抵の人は家で家族と夕飯を摂る、そんな時間帯だ。
自分の片腕を掴んでいたのは金髪の、やけに顔の整った青年だった。

「あの、えっと、僕…、」

言葉が上手く出て来ないらしく、その青年は「あの」「その」とそればかりを繰り返し、視線を下の方でさ迷わせていた。

「ゆっくりでいいぞ?」

見知らぬ相手なのに思わずそう言ってしまうくらいに青年は必死な様子で、その様子を見た限り青年は虎徹を待ち伏せしていたとかではなく、思わず咄嗟に引き止めた状態に近いと見えた。

「あ…えっと、すみません、あの、時間、大丈夫ですか」
「ん?あぁ、あとは帰るだけだから。急いでないよ」
「す、すみません」

小さくペこりと頭を下げた青年は、虎徹の片腕を掴んだまま言葉を紡いだ。

「あの、少し前に、路地裏に落ちてたうさぎに、餌あげたりしませんでしたか」
「あぁ、見てたのか?」

落ちてた、という表現が妙にシュールで笑いかけたがそれは堪えて、虎徹はにっこりと笑う。

「は、はい、それで、覚えてて…そしたら今、あなたがいたから、つい…」

先週あたりだっただろうか。路地裏に段ボール箱があり、その中に真っ白でふわふわとした毛の、小さくて可愛いうさぎがいたのだ。
思わず持っていたパンと水を与えたのを、確かに覚えている。あのうさぎは元気だろうか。

「あ、あのときの、御礼、したくて…」
「お礼?」
「はい!」

なるほど、彼はあのうさぎの飼い主だったのか。
虎徹はそう納得し、笑顔で続きを促す。
頬を赤くして一生懸命話す姿がなんだか幼くて、虎徹は離させようとしていた握られたままの腕をそのままにした。

「すごく、嬉しかったんです、誰もいない路地裏は寂しくて…」
「ん?」
「どうしても御礼が言いたくて、姿を変えてずっと探してたんです、あなたを」

一気に喋りすぎたせいなのか、金髪の青年はけほけほと乾いた咳をし始める。
虎徹は妙に引っ掛かる言葉を頭の中で反芻し、恐る恐る口を開いた。

「えっと、君、もしかして」
「あ、はい、あのときのうさぎです」

金髪の青年の目は嘘をついていない。そういえば、あのときのうさぎもこんな目をしていた。
人々が行き交う夜の街で、青年に腕を捕まれたまま虎徹は顔を引き攣らせて立ち尽くした。

(あぁ、世の中何が起こるかわからない)




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