何故無理にでも一緒に行動しなかったのかと後悔の念が湧く。
バーナビーが緊急搬送された先は、病院ではなく斎藤のいる研究室だった。
NEXTの犯人が発動させた能力を正面からまともに受けてしまったらしいバーナビーの身体に目立った怪我はない。あとは彼がどんな能力を受けてしまったのかがわかれば一件落着となる。
「別行動なんてするからこんなことになるんだぞ」
ベッドで眠るバーナビーの頬を軽く指で突きながら、虎徹は独り言のように説教をしていた。
「やっぱり俺達は2人で1人だろ、違うか?」
薄く開いた唇からすーすーと寝息を立てるバーナビーの幼い寝顔に虎徹は微笑む。黙っているとまだまだお子様だ。
「あんま無茶してくれんなよ、心配すっから」
虎徹は思う。自分は、バーナビーが、好きだ。大好きだ。
それでも面と向かって言えないのは何故なのだろう。羞恥か、意地か、躊躇か、それとも自分が臆病だからか。
バーナビーの頬に触れた掌が暖かい。じんわりと伝わってくる熱が愛おしくて、虎徹はそこに軽く口付けをした。
「……ん…」
まるで狙ったかのようなタイミングで、バーナビーが目を覚ます。
頬から唇を離し、虎徹はバーナビーに微笑みかけた。
「目、覚ましたか。心配したんだぞ」
目をとろんとさせたままのバーナビーからはなんの反応もなく、その翠の目はただ虎徹を映していた。
「犯人が何の能力を持ったNEXTなのかは今斎藤さんが別の部屋で調べてる。まぁ、なんの能力であれ身体に影響はなさそうでとりあえず安心したよ」
そのとき、寝起きのぼんやりとした頭がようやく覚醒したらしいバーナビーが、むくりと上半身を起こした。
「もう起きて大丈夫なのか?あんま無理すんなよ、もうちょっと寝てたらどうだ?斎藤さんもまだだし」
「……」
「バニー?」
バーナビーは、いつもの澄ました顔で虎徹を見詰めている。
虎徹の問い掛けには一切応じないまま。
「…まだ怒ってんのかよ」
虎徹が溜め息をつくと、バーナビーは怪訝そうな顔をした。
「なんかさぁ、お前は言葉が欲しいのかもしれねぇけど…、いや俺も欲しいけどさ、別にそういうの無くても伝わるもんじゃねぇのかなーって…いう…」
黙ったままのバーナビーのベッドに腰を下ろし、虎徹は頭を掻いた。
「……」
「…バニー、なんか言えよ」
「……」
「そんなに俺と口ききたくないのかよ、バニー」
すると、バーナビーがやっとのことで口を開いた。
「―――――」
「え?」
「――、―――」
バーナビーは不思議そうな顔をして何かを話す。
虎徹にはそれがよく聞き取れなかった。
「悪い、もう一回言ってくれ」
「……――――」
そこで、虎徹はやっと気が付いた。
「――――」
バーナビーは別に、不明瞭な発音をしているわけじゃない。
「――、―…」
はっきりとした話し方をしているし、それに彼はちゃんとシュテルンビルトの公用語を使っている。
「…――、―――?」
何を言っているのかはわかるのに、その言葉の意味だけがわからないのだ。
話していることはわかる。でも何を話しているのかがわからない。
共通の言語なのに、相手の気持ちは微塵も伝わってこない。
「…バニー、まさか、お前も、俺が何言ってるのか、わかんねぇ…?」
「――――」
「…バニー?」
頭が覚めていくにつれて彼もこの異様な状況に気が付いたらしく、その顔からどんどん血の気が引いていくのが、もういっそ面白いくらいにわかった。
「…―――――!――…!!」
「落ち着け、バニー、大丈夫だ」
口元を手で抑え、大きく見開いた目を左右させてうろたえるバニーの背を摩る。
そのタイミングで来た斎藤が虎徹に伝えたのは、「バーナビーは、自分以外の人間と意志疎通が出来なくなる能力の被害にあっているらしい」ということだった。
***
バーナビーの身体に影響はなかったために、2人はその足でトレーニングルームに向かった。
何かしていないと気が重い。もちろんトレーニングをしていても気は重いが、なんとなく何もしていないよりはマシな気がしたのだ。
トレーニングルームの中にあるベンチに座ってあからさまに辛気臭い溜め息を吐く虎徹に、アントニオも溜め息をつく。
「話は聞いてるけど、どうだ?バーナビーはいつ治るんだ?」
「…わかんねーってさ。ちゃんと治るのかなぁ…」
「そうか…」
斎藤が言うには、わかっているのはバーナビーがどんな能力をかけられたのかだけであり、能力の解除方法や能力が自然に消える時間はわからないらしい。
要するに、いつまでバーナビーと話が通じないのかが丸っきり不明なのだ。
バーナビーは虎徹の視界の端で、イワンとホァンと会話をしている。
互いに意志疎通は出来ていないらしく、バーナビーの発する言葉に2人は度々顔を見合わせて困惑の表情を浮かべていた。