遅めの昼食を終え、虎徹が行きたがっていた祭に向かってゆっくり歩けば、もう日が沈み始める時間だった。
屋台がちゃくちゃくと建ちはじめている、あまり見る機会のない景色に、バーナビーも楽しそうだった。
「バニーちゃん、先にお参り行こう」
「お参り?」
「そう。神仏を拝む的なやつ」
神様関係なわりには軽々しいですね、と笑うバーナビーの手をとり、虎徹はその腕を引っ張って歩く。
「な、なにするんですか」
「人ごみすげーだろ?はぐれたら終わりだからな」
「はぐれたりなんかしませんよ!」
そう言うが、バーナビーが虎徹の手を振り払うことはなかった。
我ながら自意識過剰な気もするが、惚れられてるな、と改めて思う。
腕をひかれたままちょこちょことついてくるバーナビーの手をはなさないよう気をつけながら、虎徹は鳥居をくぐる。バーナビーにとっては鳥居も珍しいものなのか、歩きながらじっと上を見つめていた。
「手を合わせて、なんか願い事をこう…心の中で唱える、と言いますか」
何故か敬語になってしまったがそこは気にせず、虎徹はバーナビーに説明する。
お賽銭を賽銭箱に入れ、バーナビーは隣の虎徹を真似して目を瞑って手を合わせる。願い事といってもそんなものは思いつかなかったが、とりあえず虎徹の賠償金が減るように神様に頼んでおいた。
「何お願いしたの?」
「…私的なことですよ、普通そういうこと聞きます?」
「だってバニーちゃんが何祈ったのかとか想像つかねーじゃん!」
確かにそうだろう。だって、自分でも願いがすぐに思い付かなかったくらいなのだから。
「別に大したことじゃないですよ。そういう先輩は何を?」
「俺?俺は娘の健康だな」
「あなたらしいですね」
「まぁ、楓がこの世で一番大切だからな」
娘が一番大切。当たり前のことなのに、その当たり前を真っ当する虎徹が好きなのに、バーナビーはチクリと胸に何かが刺さるような感覚に襲われた。
それからバーナビーは虎徹に手を引かれ、屋台の並ぶ道を歩いていた。
金魚掬いなどはもし掬えてしまったら困るのでやらなかったが、途中にあった食物屋には立ち寄り祭を満喫した。
その中で、パンパンと一際大きな音を立てている場所にバーナビーは目をとめる。
何をしているのかはわからなかった。
「先輩、あれはなんですか?」
「あぁ…射的だな」
「射的?」
どうやら射的を知らないらしいバーナビーに、虎徹は屋台の中を指差して説明する。
「あの鉄砲みたいなやつで、景品を射落とすの。やってみるか?」
疑問形の言葉のわりにバーナビーの答えを聞かないまま屋台の中にいる男に2人分の料金を払い、虎徹はバーナビーの手から彼の食べかけの赤いリンゴ飴を引き取る。
「持ってるからやってみ?」
「食べないでくださいね」
バーナビーは隣で射的をしていた人の見よう見まねで銃を構える。
「どれを狙えば良いんですか?」
「お兄さん、これ!これを狙うんだよ!」
バーナビーが虎徹に問うた質問に、屋台に男が威勢良く答えた。
彼がそう言いながら指をさした先にあったのは、「あたり」と書かれた厚い板。
ありがとうございます、と丁寧に礼を言って、バーナビーがその板を撃つ。が、パンパンと連続して2個出た弾丸は見事に命中したものの、板が倒れることはなかった。
「おいおい兄ちゃんやめてくれよー、コイツこういうの初めてなんだよ」
「えっそうなの?ごめんねお兄さん!」
虎徹が笑いながら屋台の男に言うと、男がバーナビーにこれもまた笑いながら謝る。
どういう意味だろうかとバーナビーが虎徹を見ると、虎徹は笑みを浮かべたまま説明する。
「ガキはみんなそれを狙うんだけどさ、その板絶対倒れねーようになってんだよ」
「…騙したんですかあなた…」
「騙したんじゃないよ、商売商売!」
明らかにぼったくりなのに、笑っている2人と祭の雰囲気のせいなのか、バーナビーも釣られて笑ってしまった。
虎徹はリンゴ飴をバーナビーに返すと、「次は俺だ」と言って銃を構えた。
「昔得意だったんだよなー…あぁコレなんか落としやすそうだな」
得意だと自分で言っただけあって、虎徹は2発でモコモコとした大きめのウサギの縫いぐるみを射落とした。
「すごい…」
バーナビーが素直に感想を述べると、虎徹はその縫いぐるみをバーナビーの胸に押し付ける。
そしてそのままにやりと笑った。
「今日の記念に貰ってくれ」
「…ありがとうございます」
片手が飴で塞がっていたので片手でぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
それは、無機質なはずなのに何故か暖かいものに感じた。
それを見ていた男が、2人に問いかけた。
「お兄さんたちもしかしてカップル?」
別に悪意のある質問ではない。どんな事情があれ、男2人で祭に来るという時点でそういう風に見られてもおかしくはないのだ。
虎徹はにっこり笑って答えた。
「違いますよ」