「今日こそ昼飯食えよ?」
昨日の夜、レバーを食べながらおじさんは聞いてきた。
そういえば昼飯は食ったのか、という質問に、僕はもちろん"そんな時間は無かった"と答えた。
それに呆れたのだろう、その日の寝る前と、朝起きてすぐと、それから今の出勤直前に、計3回も言われている。そろそろ聞き飽きた。
「何回も言わないで下さい。時間があったら食べますから」
「それじゃダメなんだって!わざわざ時間作れよ!」
「時間が勿体無いです」
僕は本気でそう思っている。
昼食なんて忙しければ忘れてしまう。忘れてしまうものなんて、所詮その程度のものなのだ。
自分に必要の無いものだったということ。必要の無い記憶だったということ。
「あんまり俺を心配させんなよ」
「迷惑掛けてないんですから良いじゃないですか」
おじさんは、言葉に詰まったように口を紡ぐ。
なんだか少し寂しそうな表情に見えた。
「…まぁ迷惑は掛けられてねぇけど…でも心配は掛けてんだぞ」
「それはどうも。では行ってきます」
お節介な人だ。
何故3日も与えてしまったのだろう。明日の夜まではこのお節介を我慢しなければならない。
バタンとわざと音を立ててドアを閉めてみる。
我ながら子供っぽいことをしてしまった気がした。
バーナビーだ、という遠くからの声はもう聞き慣れた。
そうやってみんな、ひそひそと僕を指差して言うのだ。バーナビーだ、と。
最近はそれだけではない。
もう落ち気味のヒーローだとか、3位だったとか次は4位だろうとか、ワイルドタイガーがいないと駄目だったんだとか。
そういう声が嫌でも耳に入ってくる。
「おはよ、ハンサム」
なんだかデスクワークをする気にもなれず、入った先のトレーニングルームにいたのはブルーローズだ。
そういえば今日は学校が昼からなんだとか言っていた。学校が始まるまでの時間でトレーニングをしようというのだろうか。真面目な人だ。
「おはようございます、他のヒーローは?」
「んー、折紙が今休憩行くって言ってシャワー浴びてる。あとはいないわ」
「そうですか」
折角トレーニングに来たのに、何故かやる気が出ない。
それもいつものことだ。
「やらないの?いつもの」
「え?」
「ランニングマシン」
あれ、とランニングマシンを指差して、ブルーローズは僕の表情を窺うように顔を覗き込んでくる。
「やっぱり気乗りしない?」
「…なんだか…最近仕事もトレーニングも全然やる気出なくて」
僕がトレーニングルームにある硬質のソファーに腰掛けると、彼女も僕の隣に座る。
「まだ本調子じゃないのかな」
「…そうかも知れません。自分ではわからないんですけど」
ブルーローズは、まるで自分のことかのように僕を心配してくれていた。
それがなんだか歯痒いのと、自分はそんなに駄目になっているのかと思い知らされるのとで僕は変な気分だった。
「なんでしょうね、自分でもよくわからないんですけど…1人でトレーニングすることに違和感があって」
「…それ、やっぱりタイガーが横で寝てないとってことじゃ…」
「やめて下さい…ワイルドタイガーは死んだんです」
思い出したくもない。
自分が撃ってしまった、相棒のこと。
最後に聞いた、睫毛長いな、という言葉や、目に溜まる涙。
断片的な記憶が頭の中で僕を苛む。
「…ごめん」
「あ…いえ、こちらこそ」
なんとなくその場にいることが出来なくて、僕は大して汗もかいていないのにシャワールームに向かった。