ここ最近ずっと、朝になると気分は最悪だ。
原因はわからないが、常に低血圧で寝起きが辛いとかそういうものとは別に、最近何故か起きると妙な虚無感に苛まれるのだ。
その上、今朝に限っては目が覚めるとそこに見知らぬ―いや、昨晩見知ったばかりのおじさんがいたのだ。さらに最悪だ。

「おはよ、バーナビーさん」
「…なん…ですか…」
「っはは、声嗄れまくりじゃん!」

寝起きのまだ眠い目を擦りながらベッドの上に上半身を起こすと、そのおじさんは僕に水を差し出してきた。

「…なんなんです?」
「何って、水。寝起きに水飲むと頭冴えるんだから」
「……ありがとうございます」

おじさんから水を受け取って、それを一気に飲む。
冷たいそれは、確かに身体を眠気の沼から掬い上げてくれた。

「朝飯出来てるぞ。食うだろ?」
「いりません。朝は食べない主義なんです」
「はぁ?そんなんだから最近ダメダメなんじゃね?」

間の抜けたその声に、僕もつい間の抜けた聞き返しをしてしまう。

「…は?」
「は?じゃねーよ。最近のお前見てて危なっかしいぞ。この前なんて強盗に銃向けられて…スカイハイがいなかったら死んでたんじゃね?」

確かにそうだ。
それだけじゃない。落ちて来る瓦礫をブルーローズが氷で受け止めてくれたり、散弾銃を向けられた僕の背をロックバイソンが身を呈して助けてくれたり。
そんなことをしているうちに僕の評判は下がるし、他のヒーローの救助ポイントは増えていくし、民衆からは「バーナビーも落ち目だ」と言われるし。
おまけに落ち目の僕を狙って凶悪犯まで沸きだした。僕に擬態した折紙先輩や他のヒーローが助けてくれて撃退したが、この手の凶悪犯はまだ沸くだろう。

「…余計なお節介です」

正直に言って、「ダメダメ」というのは少し精神的に辛いものを与えた。
僕はそれだけ言って、シャワールームに閉じこもって身支度を始めた。

折角作ってくれた朝食を僕が食べないで、あのおじさんはどんな思いで片付けるんだろう。
そんな、らしくもない想像は頭から掻き消した。









「おかえり、バーナビーさん」

午前はデスクワーク。午後はトレーニング。夕方に事件が起きて、そのあとはロイズさんからのお説教。
今日も相変わらずの散々な日だった。

「…美味しそうな匂いですね」

だから、少しだけ癒しがほしくて。
部屋に漂う夕食の匂いを嗅ぎながら、当たり障りのないことを彼に呟く。

「お?バーナビーさん機嫌良い?」
「最悪ですよ」
「はは、まぁ今日もアレだったからなぁ」

アレというのは、きっと僕の失態だ。
今日の事件は立て篭もり。何人かの人質を盾に、ビルの上層部に犯人達が立て篭もるという事件だった。
普段だったらなんてこともない事件なのに、調子の悪い僕にはとても難儀な任務だった。
一斉突撃をして人質を助け、犯人を確保する。周りのヒーロー達はそつなくこなすその任務を、僕もやった。結果はぼろぼろだ。右肩を撃たれた。

「怪我してない?テレビの実況じゃ怪我まではわかんねーから心配してんだぞ」
「右肩を撃たれました。掠り傷ですけど」
「撃たれた!?」

見せてみろ、とおじさんは言う。
別に大したことはないのに。ただ鉄砲から撃たれた銃弾が、右肩を少しだけ掠めたというだけだ。3日もすれば完全に痛みもなくなるだろう。

「おいおい、包帯どこだ?」
「寝室に…でもそんな大した傷じゃありませんから」
「ダメだ。放っておくと酷くなるぞ」

そう言いながら僕を椅子に座らせ、おじさんは寝室に向かっていった。
部屋に漂う良い匂いは、一体なんの匂いだろう。
てきぱきと僕の上半身を裸にしたおじさんが、僕の肩に消毒液を塗る。
それから慣れた手付きでぐるぐると肩に包帯を巻いていった。

「…なんの匂いですか?」
「あぁ、今日の様子見てたらビタミン足りてなさそうだと思って。レバー」
「レバー、苦手なんですけど」
「好き嫌いしないの」

手早く包帯を巻き終えたおじさんが、苦笑しながらキッチンに戻る。
最後に使ったのがいつだかわからない、というよりもいつか使ったのかという疑問が頭を過ぎる程の自分のキッチンからこんなに暖かい匂いがするなんて、昨日までは夢にも思わなかった。



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