すぐに虎徹の家の前に到着した救急車に飛び込み、いつも世話になっている病院に搬送され、バーナビーが手術室に入れられるまで、そう時間は掛からなかった。
でも、虎徹にはそれが酷く長い時間のように感じられた。時計見れば30分も掛かっていないのに、なんだか3,4時間は掛かった気がする。

バーナビーの身体を乗せたストレッチャーが手術室に入ると同時に、例の医者も手術室に入っていった。そのときに「検査結果はどうだったのか」とか、「バーナビーは大丈夫なのか」とか、色々と質問はぶつけたが、医者は「一刻も早く手術をするから」と虎徹の質問には一切答えてはくれなかった。

あの口ぶりや様子からして、昨日受けた検査の結果は出ているらしい。なのに教えられないまま手術が終わるのをただひたすら待たなければならないなんて、生殺しのようなものだった。

「虎徹」

寒くて静かな廊下に、聞きなれた足音が響き渡る。

「アントニオ…」

その足音の正体は、彼だった。
いつもの上着を着たアントニオの身体はつめたくて、ベンチの虎徹の隣に座るとひんやりとした空気が虎徹の身体にも伝わった。

「もう手術始まってるのか?」
「ああ…少し前に」
「そうか」

それ以上の会話はなかった。
アントニオはふと思い出したように、片手に持っていた2つの熱い缶コーヒーのうち1つを虎徹に手渡す。虎徹は「悪い」と一言だけ言ってそれを受け取った。
どちらからともなく缶を開け、その熱い中身で少しずつ乾いた喉を潤す。乾ききっていてヒリヒリと痛みさえ感じていた喉に、それは良く染み込んだ。

「バニーが死んじまったら、俺どうしたら良いのかなぁ」

コーヒーを飲み、息をつくと同時に零れ出た虎徹の言葉に、アントニオは瞠目した。

「そんなこと考えんなよ、バーナビーはきっと無事だ」
「俺もそう信じてるけどさ、なんか、心のどっかが諦めてるみたいで、なんだろ…自分でもよくわかんねぇ」

虎徹がぽつりぽつりと、言葉を選びながら言う。
アントニオはいつになく弱気な虎徹の姿に、いつか友恵が亡くなったときの虎徹の落胆ぶりを思い出した。

「虎徹、それは誰にだってあることだとは思うけどよ」

(お前、死に対して敏感すぎるんだよ)
そう思ったが、なんだか口に出すのは気が引けて、アントニオはそれ以上何も言わなかった。

「死なないでいてほしいし、死なないって信じてるけど、でも、なのにずっとバニーちゃんが死んじまったらどうしよう、死んじまったらどうなるんだろうって考えちゃって」

虎徹は声を震わせながら、自分の膝に肘を置き、頭を抱え込むかのような姿勢になった。
その口からは小さな声が洩れる。

「俺、薄情かな、こんなことばっか考えて」
「そんなわけねぇだろ、誰だって考えちまうさ」
「そうなのかな」

手術室の扉は看護士達が慌しく出入りするたびに開かれるが、廊下に置かれたソファーからは部屋の中を覗くことは出来ない。

「俺さぁ、まだバニーちゃんにちゃんとしたプロポーズしてないんだ」
「……」
「付き合ってくれとも言ってないんだ」
「……」
「好きだって伝えたこともないと思う」
「えっ」

今までずっと黙っていたアントニオが思わず声をあげる。
そんな彼の様子に虎徹は小さく笑って続けた。

「糞生意気な後輩と無理矢理バディ組まされてさ、いっぱい喧嘩して反発しあって…全然気が合うなんてことないし、いつも澄まし顔で何考えてんだかわかんねーし、最悪だなって思ってた。でもいつの間にかバディ組んでるのが嫌じゃなくなってて…むしろもう相棒がいなくちゃ何も出来ないくらいになったと思う」

冷めてしまった缶コーヒーを一気に飲み干す。
熱くないコーヒーはただただ苦くて、でもバーナビーが入れてくれるコーヒーにどこか似ている気がした。

「バニーちゃんがいなくちゃ何も出来ないのって、弱くなったってことだと思ってたけど、そうじゃないんだよな。いつの間にかバニーちゃんが俺の弱みになってて、でもバニーちゃんがいるから自分のものとは思えないくらいの力が湧いて…」

虎徹の手の中の缶が、ぐしゃりと音を立てて潰れる。
深く項垂れた虎徹の肩がカタカタと震えるのを見て、アントニオはその背をぱしんと叩く。乾いた音は静かな廊下に響き渡った。

「泣いてんのか?」
「泣いてねーよ」
「そうかよ」
「俺さ」

虎徹が、顔を上げて口を開く。
その言葉は、涙が混じりつつもはっきりとした声で紡ぎだされた。

「近いうちに指輪買いに行こうかなって思ってる。バニーちゃんに似合うやつ…宝石とかは付いてなくて、普段からずっと嵌めてられそうな指輪」
「それって…」
「俺の左薬指はもう埋まってるから、俺はチェーン付けてペンダントにでもしようかな。バニーちゃんもそれで良いって言ってくれると思う」

――結婚指輪。
アントニオはそう確信した。

「友恵が死んでからずっと誰も好きになれなかった。もちろん楓とか仲間とか、みんな好きだけど…"そういう"好きとは違ってさ。でも、やっとまた出来たんだ、恋愛」

虎徹の視線は、自分の左薬指で輝く愛を見つめていた。
その手が、ぐっと握り拳を作る。

「アイツにとって、多分これが初めての本格的な恋、俺にとっては最後の恋だ」

まぁアイツも若いうちに何回か誰かに惚れたことはありそうだけど、と付け加えて、虎徹は緩く微笑む。

「これから先の未来、ずっとバニーちゃんと一緒に居たい。バニーちゃんが退院したら俺の家で一緒に住んで、たまに一緒に実家に帰って…そういう未来、信じる」

先ほどまでの暗く沈んだ表情から、一気に柔らかな表情になった。
勿論いつも通りの冷静な頭では無いから、言っていることは二転三転している。でも、虎徹はそれを本気で望んでいるのだと、アントニオはわかった。


それからしばらく無言と短い会話の繰り返しをしているうちに。
何時間立ったのだろう、静まり返った真夜中の病棟の廊下に、手術室の扉の開く音がした。



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