車で病院から家に帰る間、バーナビーは助手席で眠っていた。
虎徹はそれを起こさないようになるべくゆっくり静かに走った。眠っている彼の顔が妙に幼くて、どうしても起こしたくなかったのだ。
窓の方を向いて眠っているため覗き込まないと顔は見えないのだが、自分の身体に密接しているシートベルトを握っている手の様子を見る限り彼はぐっすりと眠っている。

家に帰ったら、バーナビーがしたいと言ったことをしようと思っている。
どこへ行きたいか、何を食べたいかを聞いて。
別に希望がなかったら、街に出て、夕食は高級なレストランにでも行こうと思っている。

その行動自体、なんだか余命宣告を受けたあとのようなもので少しの罪悪感はあるが、それで何も後悔しないで済むのならそれでもいい。
最悪の事態を覚悟しておくのも大切だ。大体、ヒーローなんていう危険な仕事をしている時点でその覚悟は常にしておくべきものなのだ。
それを再確認しただけだ。毎日、後悔のないように生きればいい。
さらに、これでバーナビーの身体の異変が命に別状のないものなら、申し分のないハッピーエンドだ。

でも、もしもバーナビーの身体の異変が、自分が思っているよりも酷いものだったら。それこそ"最悪の事態"だったら……。
なるべく良い方向に思考を進めるものの、心のざわめきが収まらないのは隠せない。自分に嘘はつけない。

「ん……」
「起きた?もうすぐ家だぞ」

車などで眠ったあと特有の首の違和感を感じるのか、目が覚めたばかりのバーナビーは時折コキコキと音をたてながら首を回す。

「なぁ、うちで昼飯食ったら、そのあとどっか行かねぇ?」
「どっか?」
「遊園地でも水族館でも映画でもどこでも。バニーちゃんの好きなところ。夜はとびっきり美味しいレストランにでも行こうぜ」

虎徹の言葉に不思議そうな顔をしたバーナビーが、ややあって僅かに微笑む。虎徹の言動の意味を汲み取ったらしい。

「虎徹さん、僕はもしこのままここで死んでも、なにも心残りはないですよ」
「……そんなの、今関係ねぇだろ」
「後悔しないように言ってくれてるんじゃないんですか?」

図星をつかれた虎徹が、バーナビーの方には一瞬も視線をやらずに黙り込む。
二人を乗せた車は、いつの間にか虎徹の家の前まで来ていた。

車を止め、エンジンを切ってシートベルトを外す。
虎徹が車から降りようとすると、バーナビーの声がそれを遮った。

「もしも後悔のないようにするために言ってくれているのなら、今日はずっとあなたの家にいたいです。夕飯は、あなたが炒飯を作ってくれたら嬉しい」
「…そんなんでいいの?いつもやってるじゃん」
「いつも、最高に幸せなんです」
「…そっか」

先に車から降りた虎徹が、反対側に回り込んでバーナビーの席のドアを開ける。
するとバーナビーはにっこりと微笑んで車から降りた。

バーナビーはよく笑うようになった。
最初の頃、彼に感じた棘のようなオーラは今は微塵もない。
それはとても良いことだ、と虎徹は思っている。内向的な子供が社交的になっていくのを見守る親のような気持ちだ。
もっと彼の成長を見守っていたい。最後まで、さいごまで見届けたい。
自分よりも先に死ぬことだってありえるのだと、これは誰に対しても言えることなのに、一切考えたことが無かった。

「虎徹さん?」

鍵開けて下さい、と言われ、初めて自分がただバーナビーの背を見つめて立ち尽くしていたことに気が付く。

「あぁ、悪い」

急いでドアの鍵を開け、二人で家に入る。
そういえば近いうちに合鍵を作ってやろうと思ってたんだ、と今更ながら思い出す。

どちらからも告白はしていないし、はっきりと向こうが自分のことを好きだと言ったことさえもない。逆もそうだ。虎徹もバーナビーに好きだと言ったことはない。
それなのにいつの間にかいつも側にいる。
多分誰かにバーナビーとどういう関係なのかと聞かれたとき、胸を張って恋人だと、大切な人だと言える。逆もそうだという自信がある。

夕飯を炒飯にするつもりなので、昼食は別なものがいいだろうと、虎徹は買い置きしてあったふかふかのパンにたっぷりバターを乗せてをオーブンに入れる。パンを焼くと同時に、外出によって冷えた身体を暖めるように熱いコーヒーも入れた。
その間、バーナビーは何をするでもなくただ虎徹の側に立っている。いつか、「おじさんが料理しているのを見るのが好き」なのだと話していた。
正直なところいつ仮死状態になるかもわからない状態でキッチンに立たれると、刃物や火も使っているので心配なのだが、折角の「いつもの光景」を崩したくなくて何も言えなかった。




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