「苦しがった?」
「はい、仮死化する直前に、心臓のところを押さえて」

最初に会ったとき、仮死化の説明を受けたときを入れて3回目の訪問となる。
虎徹はバーナビーの身体を検査させるために、例の病院に来ていた。バーナビーが別の部屋で検査を受けている今、虎徹といつもの医者は薄暗い部屋で話をしていた。

「それで、バニーの…いやバーナビーの身体に何かあったんじゃないかと思って」
「うん……」

医者は虎徹の話を一通り聞くと、唸るような声を出して眉間に皺を寄せた。

「それは私にもわからないね、原因も、何が起きているのかも。何せ、この治療法は前例が無いんだ」
「…じゃ、じゃあせめて苦しくならないようになる薬とか、ないんですか」
「薬なんてないよ。そのかわり飲み合わせが悪いものはないから、気休めに市販の薬でも飲んでみたらどうかな」

仕方ないとはいえ少し無責任な言い方に、虎徹は少し腹を立てた。しかし、責任も何もない。もともと自分がどうしてもと無理強いして仕方なくやってもらっている治療法に、どうして文句をつけられようか。この問題に責任など無いし、あるとしたら虎徹が背負うべきものなのだ。

「とりあえず私から一つ言えることは」

医者が口を開いて、そこから紡ぎだした言葉で虎徹を突き刺す。

「一応、最悪の事態を覚悟しておきなさい。万が一にでも明日彼が死ぬようなことがあっても、後悔の無いように」
「そんな…」
「だから、"一応"だよ。私にも彼がこの先どうなるかわからない。正直、奇跡を信じるしかないんだよ」

だから一瞬一瞬を大切に。医者はそう言って、虎徹をこの薄暗い部屋から出した。
その部屋から出た途端足が震え出し、足から力が抜けた虎徹はそのままずるずると壁に寄り掛かりながら床にへたり込んだ。
一般病棟と隔離されたこの病棟には暖房がついておらず、空気は冷え切っていた。
"最悪の事態"、即ちそれは"永遠の死"だ。仮死なんかと比べ物にならないくらい、長い長い死。もう二度と生き返れなくなる、一般的な死だ。
受け入れるにはあまりにも辛すぎるそのことに、虎徹の頭は考えることを諦める。

どれくらい床に座り込んでいたのか、冷たい床に直接座っていた虎徹の身体は冷え切っていた。しかしそんなことは感じていられなかった。

「虎徹さん!」

遠くのバーナビーの声が廊下に響き渡る。ぱたぱたと音を立てて、小走りで近づいてくるバーナビーが生きて自分の力で立っているのを、虎徹は力なく眺めた。

「どうしたんですかこんなところで!寒いでしょう、早く移動しましょう」

そのままバーナビーに腕を引かれて一般病棟に移動する。ようやく周りに人が増えてきて、それなりの賑わいを見せている。妙に人肌が恋しかったから、ここは丁度良かった。
暖房のきいた暖かいロビーのソファーに座り、虎徹はバーナビーから自販機で購入したホットコーヒーを受け取る。

「そんなに悪かったんですか、僕の身体」

何も、声が出なかった。
そんなことはないと言って安心させたかったのに、肝心の声が出ない。

しばらくうろたえていると、そんな虎徹を見てバーナビーがくすくすと笑った。

「…もう、なんであなたが泣きそうな顔してるんですか?僕の役目でしょう、それ」
「…バニー…」
「で、なんて仰ったんですか?お医者様は」

聞きたいか、と念を押すように虎徹が聞くと、バーナビーはこくんと頷く。
喉が痞えて上手く言葉に出来ない中で、虎徹は簡潔に説明した。

「わかんないって。原因も、これからどうなるのかも」

流石に、最悪の事態を覚悟しろと言われたことは言えなかった。
それだけの説明でなにを納得出来たのかわからないが、バーナビーは静かに苦笑した。

「そうですか」
「ああ…そっちはどうだった?」
「心臓を調べてもらいました。検査結果は明日出るらしいです」
「そっか」

「良い結果だと良いな」とか「あんまり心配するな」とか、そういう言葉が無責任なもののように思えて、口から出なかった。
諦めないと強く思っているはずなのに、心のどこかが諦めているようで、自分が自分を信じられなくなる。

「そんな顔しないで下さい、僕の役目ですってば!」

なのに虎徹の心に反してバーナビーの声はどこまでも明るい。明るいというより、普段どおりだ。

「なんでお前は、そんななんだよ」
「…奇跡を信じてみようと思うんです。一番良い結果になるって、信じてますから」
「…そっか」

本人がこんなにも頑張っているのに、俺が信じなくてどうする。俺が暗いなんて、おかしいだろう。
虎徹は自分自身に言い聞かせて、明日の結果が来るのを待った。

検査結果が出るよりも先に、結果を知ることになるなんて、微塵も考えずに。

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