スモークサーモンをパイ生地で仕立てたミルフィーユを頬張りながら、虎徹はテレビ画面に映るタレント達をぼんやりと見ていた。隣にいるバーナビーも虎徹の視線を追って画面を見つめてみる。
虎徹の自宅のソファーで2人で食べる夕食は、1人で食べるものよりもずっと美味しく感じる。
2人して炒飯しか作れない中で料理のレパートリーを増やすべく新しい料理に挑戦したはいいものの、パイ生地は全くサクサクしないし、味はなんだか薄い。
それでも2人で食べるというだけで美味しいものだ。料理の「美味しい」の基準は味や出来栄えだけではない。
バーナビーが、ミルフィーユと一緒に作ったスープを口に含んでいると、虎徹が唐突に声を上げる。
「あ」
「…?」
声を上げても尚画面を見つめたままの虎徹を不思議に思ったバーナビーの頭の上には沢山の疑問符が浮かぶ。どうしたんだろうとバーナビーが虎徹の顔を覗き込むも、無表情に近い虎徹のその表情からは何もわからない。
「どうしたんです?」
ついにバーナビーがそう素直に聞くと、虎徹はまるで自分が声を出したことに今気が付いたような顔をした。無意識で声を上げていたらしい。
「別になんでもないんだけどさ、その女優さん夢で見たんだよね」
「夢で?」
「うん、夢で」
そういえば、とバーナビーはふと思い出す。しばらく前に虎徹が言っていたことだ。
確か、夢に出てきた女優さんを好きになってしまう、と言っていた。
「彼女も好きになったんですか?」
「あ、わかる?なーんか好きになっちゃうんだよな、夢で見ると」
その気持ちはバーナビーもわからなくはない。それは恋慕というよりは親愛のようなものだ。夢に見たことで急に親近感が沸いてしまうのだ。
食事を終わらせた虎徹がかちゃりと食器を机に置き、テレビ画面を見ながら口を開く。
「今まであんまり意識して見たことなかったけど、結構美人なんだなこの人」
「…最近すごく人気ですよね」
「へー、やっぱそうなのか」
最近の若者は区別つかなくて、と妙におじさん臭いことを言う虎徹は普段本当に芸能人に興味が無いらしく、今放送されている番組の多くの出演者の中でも夢で見たその彼女しか眼中になさそうだった。
その画面を見つめる目に熱が篭っているんじゃないかと思うと、駄目だった。虎徹の、女優に対する思いが親愛だとは思っていても、もしかしたら恋慕なのではないかと不安になる。
「……その"好き"って、どういう"好き"ですか」
不安を募らせきったバーナビーが思わずそう訊ねると、虎徹が少し驚いたような顔をしてから、にやりと笑った。
「妬いてる?」
「…そういうんじゃありません。気になっただけですから」
「はいはい」
虎徹はそれ以上は何も言わず、苦笑しながらソファーから立ち上がった。
「先にシャワー浴びてくる」
「あ、はい」
バーナビーの頭をわしわしと撫でてから、虎徹はその場でおもむろに服を脱ぎだす。てっきりすぐ脱衣所に行ってそこで脱ぐんだと思い込んでいたバーナビーは飲んでいたスープを噴き出しそうになった。
「なんでこんなところで脱ぐんです!」
「え?いやどこで脱いでも一緒だろ」
「一緒じゃありません!脱衣所行ってください!」
「ええー…」
バーナビーは既に上半身裸になっていた虎徹の背を押し、場所を覚えきった虎徹の家の脱衣所に押し込む。同棲ではないが、でも同棲と呼んでもおかしくないくらいに住み慣れたこの家は、もう目を瞑ったままどこへでも行けそうだった。
虎徹を浴室に追いやったあと、バーナビーはまた居間に戻って付けっぱなしだったテレビに視線を移す。画面の中では相変わらずあの女優がにこにこと愛想を振りまいていた。
(――この女優さんが好きなのか)
見てみると、バーナビーから見ても確かに魅力的な人だった。
けれど、虎徹があんな風に誰かを見ているのを見るのは初めてで、あの親愛に満ちた目が自分以外の者に向けられているのがとても気に食わなかった。だから女優も気に食わない。
虎徹があの目で見るのは自分だけでいいのに。そんなことを思うようになるなんてきっと虎徹に会うまでは想像も出来なかった。自分がこんなに何かに執着するような人間だとは思っていなかった。
はぁ、と無意識に出た溜め息に、眉間に皺が寄る。無意識の溜め息は、心の隙だ。
ふと横を見ると、虎徹が先ほど脱ぎ捨てて行ったシャツがソファーの上に横たわっていた。このままではシワになるだろう。
何の気もなしに拾い上げると、シャツからは僅かに虎徹の匂いがした。
理由はよくわからないが、バーナビーはこの匂いが好きだ。嗅いでいると妙に落ち着く。
ただ、今日は違った。
少し嗅いだだけなのに、先ほどの虎徹の熱の篭った目が脳裏に浮かんでしまった。
(…なに考えてるんだ僕は)
すぐに別のことを考え、虎徹のことは忘れようとするも、忘れようと努めれば努めるほど虎徹のことが頭から離れなくなっていく。
正直にいうと、認めたくないがあの顔とこの匂いだけで欲情してしまった。
自分でも気が付かないうちに頭を擡げた自分の下半身に、心底呆れてしまう。
しかしこのまま虎徹がシャワーから戻ってきて今のこの下半身を見たら、どう思うだろう。
彼と自分は比較的プラトニックな付き合い方をしている。だからこんな状態の自分を見たらもしかしたら引かれるかもしれない。
何故今日に限ってこんなことになったのかはわからないが、なってしまったものは仕方ない。これだけは最後まで選択したくなかったとは思いつつも、他に良い方法が考え付かなかった。
バーナビーは虎徹の緑色のシャツを口元に宛がったまま、ズボンの前を寛げ自分の手をゆるりと自らの足の間に差し入れた。
既に硬くなってしまった自身を握り、そろそろと手を上下に動かす。
こんなことをしたのはいつ振りだろう。こういった行為は随分久しくしていなかった。
「…んっ……」
自分自身に触れると、びくんと身体が勝手に反応する。
目を閉じたまま、虎徹の温もりを脱ぎたてのシャツから感じながら、彼の匂いに包まれて、頭の中は他人に言えないようなものが潮のようにひたひたと満ちていく。
「あ…ぁ…、…ん…っ」
床やシャツを汚さないようにティッシュを2枚とり、先端を包むようにして握った。
前まではあり得ないことだったが、虎徹に抱かれるようになってからバーナビーは前だけでは満足出来なくなってしまっていた。
後ろからの刺激も無いと達せない、そんな身体に作り変えられてしまったのだ。
すっかり性器へと変わってしまった排泄器官に、1本指を差し込む。
「…ふ…、…ぁっ」
恐怖も感じるが、それよりも上回る快感にバーナビーは夢中で指を動かした。
穿たれる衝撃。内部を割り広げながら侵入してくる異物感。
その熱さ、在りすぎる質量を自分の脳内で虎徹のモノに変換しながら、触るだけで頭の中が真っ白になってしまう1点を探り当てた。
「あぁっ…あっ」
その1点を集中的に刺激すると、脚が勝手に大きく開いていく。
そんな自分にどうかと思いながらも、昇りつめていく己を止められない。
「…あぁあっ…!こて…つ…さ……虎徹さ…ん…!!」
あと一回そこを触れば絶頂が来る、そんなタイミングだった。
「な…っ!」
ソファーに座るバーナビーの背後から伸びた手が、爆発寸前のバーナビーのそれの付け根を強く握っていた。
「1人で何してんのかなー?」
低くてよく響く、身体の中心から熱くなるその彼の声で囁かれて、余計に頭の中は混沌としていった。
強制的に絶頂を抑えつけられ、バーナビーは苦しさで息を詰める。
「あ…っ、こて、さ……やっ…手……」
バーナビーはどうにか手を離させようとがむしゃらに身体を捩じらせる。
もがいても腕は緩めてくれない。もちろん、根元を握り締めている手の方も。
「ん…嫌…ぁ、…ぁあっ、……!」