あれから数日、バーナビーの身体には良くも悪くも特に変化はなく、変わらない生活をしていた。
一日一回、多い日は二回死ぬことに、バーナビーはどう思っているのかはわからないが、取り乱すこともない。落ち着いた日々だ。
「それで、もう自由に出歩いて大丈夫なの?」
「大丈夫なわけ無いでしょう」
トレーニングルームのベンチに座って、バーナビーはランニングをするカリーナの問い掛けに笑った。
「もし今ここで僕が死んだら誰か呼んで来て下さいね」
「は!?なんでそんな状態で来てんのよ!」
「虎徹さんにまで仕事を休んでもらうわけにいかないので」
バーナビーに一人で家でいさせるのは危ない、俺が一緒に家でお前のことを見てる。それが虎徹の言い分だった。
しかし、ずっと虎徹にまで仕事を休んでもらうわけにはいかない、とバーナビーが言い張り、今日からこうしてバーナビーが虎徹の仕事に同行するようになったのだ。
虎徹は、朝たまたまトレーニングルームに居合わせたカリーナにバーナビーを一任して、今はオフィスでずっと溜めてしまっていた書類を片付けているところだろう。
これからは、すぐに提出しなければいけない書類を除いて、虎徹とバーナビーの2人分の書類を虎徹の家に持ち帰り、それを一緒に片付けるということで話がまとまっていた。
「バニー」
トレーニングルームのドアが開き、両手に紙袋を沢山提げた虎徹が顔を覗かせる。
「虎徹さん!こんなに多いんだったら僕も取りに行ったのに…」
「いやいやバニーは身体に負担掛けないでくれ。それにこれくらい俺1人で十分」
「持つ」というより「引き摺る」に近い運び方で虎徹がオフィスから持ってきた書類の量は大きな紙袋6つ分にも亘った。これから家に運ぶのも大変だが、それよりも家でこれらに目を通さなければならないことが辛かった。
「ブルーローズ、ありがとな。こいつ見ててくれて」
「う、ううん…!」
虎徹がにっこりとカリーナに微笑むと、彼女は顔を真っ赤にして立ち上がった。そして「シャワー浴びてくる」と行って、シャワールームの方に走って行ってしまった。
「帰るか」
紙袋を抱えなおして虎徹が言うと、バーナビーは少し困ったように笑った。
「ごめんなさい、ちょっと休んで良いですか」
「おー、どした?」
「最近、もうすぐ"来る"なって、わかるんです」
「来る」とは、仮死化のことだろう。虎徹は理解する。
しかしここで倒れられても、寝かせられるようなものはベンチしかない。しかも誰でも入って来れる場所だ、本人が仮死状態を見られたくないならここで仮死化するのは危険だ。
「オフィスまで行ける?それかロッカールームか…ここだとベンチしかない」
「大丈夫です、僕としては一瞬のことなので…床でもいいくらいですから」
虎徹の予想に反して本人は何も気にしていない。ならここで仮死化を待つか。
「ごめんな、何もしてやれなくて。毛布持ってこようか?」
「いえ、ここにいて下さい」
「ん…わかった」
バーナビーがベンチに座り、虎徹の手を握った。お互いの温もりが手から伝わってくる。
伏せられた長い睫毛は僅かに震えていて、虎徹はバーナビーの顔を覗き込むようにしゃがみこんだ。ベンチに座るバーナビーの表情は、少しの恐怖を示していた。
「大丈夫か?」
「……はい。……いえ、」
頷いてからしばらくしたあと、バーナビーは首を振る。
「怖いんです、本当は。身体のことを聞いてからずっと怖かった…」
「…」
「これから死ぬんだってわかってるのに、何も出来ないのが…情けなくて、悔しくて…」
バーナビーはベンチに腰掛けたまま上半身を倒して、正面にしゃがみ込んでいる虎徹の肩に腕を回す。そして体重を虎徹に預けた。
「またすぐに起きるって、生き返るって言われても、それが確かである根拠なんて無いでしょう…?もしかしたらこれが最期かもしれない、もう生き返れないかもしれないって、毎回…毎回思うんです」
「バニー…」
「ごめんなさい、迷惑ですよね、困りますよね」
虎徹の首に回したバーナビーの両腕に、ぎゅっと力が込められる。虎徹はそのバーナビーの腰の腕を回し、力強く抱き締めた。
迷惑なんてことはない、そう口に出さずとも伝わったのか、バーナビーは「優しい人」と小さく呟いた。
しばらくそうしているうちに、虎徹の腕の中のバーナビーの身体がびくんと跳ね上がった。
「?」
「……虎、徹…さ…」
すぐに息が荒くなりだすバーナビーの様子に、虎徹の脳が追いつかない。
なんだ、なにが起きているんだ。
「くる…し……」
バーナビーが心臓のところを手で押さえて、唸り声のようなものを上げながら苦しがっている。額には冷や汗のようなものが幾筋か通っていて、指先や肩はがたがたと震えている。
「どうした、バニー、大丈夫か」
「…は……っ、あ…」
虎徹が何かをする間もなく、バーナビーの身体から一気に力が抜ける。この状態には見覚えがある。仮死化だ。
今までは仮死化する直前もただ眠気がおそうだけで痛くも苦しくもなかったはずなのに、何故今バーナビーはあんなに苦しがったのか。
彼の身体に何か起きてるんじゃないか、それだけが虎徹の頭を支配した。