虎徹は、病院から一度自宅に戻り簡単な荷物をまとめたバーナビーを連れて、自分の家に帰って来ていた。
病院からバーナビーの自宅、それからここまで、ずっと車を運転していた虎徹は肩をぽきぽきと鳴らす。途中でバーナビーに「運転代わります」と言われたが、いつ仮死化するかもわからないバーナビーに任せるわけにもいかず、「薬飲んでるから運転出来ないだろ」とだけ言ってやんわりと断った。

「ごめんなぁ、自分で言い出しといてアレだけど、急だったからなんも用意してなくてよ…」
「いえ、ここに置いてもらえるだけでだいぶ気が楽なので」
「そうか?なら良かった」

口には出さないが、急な眠気にだいぶ不安感を持っているらしいバーナビーは一人になりたくないようで、病院からここまでずっと虎徹にぴったりと付いたままだった。

「寝るときはロフトに布団を敷こうか…敷けるかな」
「僕はソファーでも大丈夫ですよ」
「病み上がりのお前にそんなところで寝かせられるわけねーだろ!もし場所足りなかったらソファーは俺だ」

その言葉にくすりと笑ったバーナビーが、ロフトに向かって歩く。

「ロフト、見てみても良いですか?」
「ん?あぁ、もちろん」

布団が入るかどうかも確かめなければならない。虎徹もバーナビーの後を追って階段を上がる。
まだ身体が重いのか、壁に手を突きながらだいぶゆっくりとしたスピードで階段を上がるバーナビーの、身体が揺れた。

「バニー?」
「ん…」

危ない。
そう思って下の段から咄嗟に支えた身体は、階段の途中にも関わらず力が抜けきっていて、バーナビーはその場にしゃがみ込んでしまった。

「バニー、大丈夫か?」
「ん……眠…っ」
「ロフトか下の階か、どっちかまで歩けねぇ?」
「…ん、…んん……」

虎徹の問い掛けには答えないまま、バーナビーの意識が無くなる。
虎徹の身体に、子供が親に甘えるかのような体勢で正面からもたれ掛かるバーナビーの身体を掬い上げ、虎徹はお姫様抱っこでロフトに上がる。
しばらくろくな食事をしていないバーナビーの身体は、泣きたくなるくらい軽かった。


お姫様抱っこして、思い出す。


銃声が響き、目の前で崩れ落ちる相棒の身体に、眩暈がした。
恐怖も憎悪も驚倒も、その瞬間には何もなく、ただ耳鳴りが凄まじかったことだけを覚えている。
何も考えられず、ただその非現実的な情景を目で映していた。

ようやく声が出せるようになるまで数時間掛かった気がしたが、実際は5秒か5時間かもわからない。

「…バ、バニー…!!」

咄嗟に言えたのは、大丈夫かとか、しっかりしろとか、そんなものではなく、呼ぶ度に嫌な顔をされた愛称だ。

「バニー、おい、バニー!!」
「…こ、て……さ……」

抱き寄せた身体からは留まることを知らない彼の血液が流れつづけ、あたりを赤に染めていた。
息をするのがやっと、と言うよりも息もろくに出来ていない彼が、俺の耳元ではっきりと言った。

「…お互い、謝るのは、無しですよ」

それが、彼の最期の言葉かもしれないと、彼の意識が戻らない一週間の間に何回思ったかわからない。
彼の意思を尊重したくて、俺はバーナビーと会話を交わすようになってから一度も謝ることはなかった。そもそも、一度もあの事件の話をしていない。あの事件は俺の中で、タブーのような、そんな類のものとして仕舞われているからだ。

「……虎徹さん?」
「起きたか、バニー」

(――生き返ったか、バニー)

ロフトの、普段虎徹が使っているベッドに上半身を起こし、バーナビーはあたりをきょろきょろと見回した。

「ロフトですか?」
「あぁ、そのへんに布団敷けそうで良かったわ」

わざと話題を逸らしたのに。

「ここまで、運んでくれたんですか?すみません…」

バーナビーは虎徹にそう言った。

「バニーちゃん、人に良いことしてもらったときは?」
「…ありがとうございます」
「ん」

何回目かのそのやり取りを交わし、虎徹はバーナビーの額に軽く口付けをした。

バーナビーを騙し続ければ良いのか、早いうちに暴露してしまうべきなのか。
どちらが幸せなのだろう。何が正解なのだろう。

どちらかを選ばなければいけないのに、虎徹は答えが見付けられなかった。




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