街の雑踏の中に紛れるのは心地好い。誰も自分を認識しないし、俺も誰も認識しない。
葉を隠すなら森の中。人は人の中にいることで自分を殺す。

虎徹は大通りに面したカフェで、注文したコーヒーを啜っていた。


闇医者、とでも言うのだろうか。バーナビーを治療したのは、そんな類の人だった。
心臓を撃ち抜かれ、即死じゃなかったのが奇跡というレベルの怪我を追ったバーナビーを、どうやって治したのかは虎徹にはわからない。病院の医師達もわからないと言った。
ただ一つわかっているのが、バーナビーはこれから先、一日に一回程度の頻度で仮死状態になるということだ。
仮死状態の継続時間は大体10分〜1時間とバラバラだ。それに一日一回と言っても、決して24時間ごとに定期的に来るわけでは無いし、そもそも一日二回だったり、一日中来なかったりもするらしい。

少なくとも一日一回程度の頻度で仮死状態になっているのは確認済みだ。それが起こる時間がバラバラだというのも体感した。
一番良いのが寝ている間の仮死化で、悪いのは起きている間、それも何かをしている間の仮死化だ。
まさに先程、病室でバーナビーが仮死化した。本人は「眠い」と言ったから、仮死化する瞬間が苦痛で無いのならそれは嬉しいことだ。

ただ、仕事に復帰するのは無理だろう。なんせ、仮死化がいつ起きるのかがわからない。事件が起きている中で仮死化しては、それこそ本当に命を落としかねない。危険だ。
仕事しか自分の中に無いであろうバーナビーから仕事を奪うことが、どんなに恐ろしいことかはわかっているつもりだ。だから、さっきはいっそのこと殺してしまおうかとも考えた。

しかし、そんなことは出来るわけがなかった。
辛いかもしれないが、虎徹は何よりもバーナビーに生きていて欲しかった。闇医者には生活に影響を及ぼす程の金を支払ったが、金なんてどうでも良かった。とにかく、生きていて欲しかった。後悔は、きっとしない。

バーナビーにもいつか告げなければならない。自分に何が起きているのかわからないままにしておくのは、無理があるだろう。
なるべくなら余計なことは隠しておきたいが、きっといつか知ってしまう。

はぁ、と無意識に大きな溜息が出る。
苦いコーヒーを一気に喉に流し込む。温かくも甘くもないそれは、ひたすら苦いだけだった。

(しっかりしないと駄目だよなぁ)

虎徹はコーヒーの代金を支払い、真っすぐ家に向かって歩きだす。冷たい風が、頬を痛いくらいに冷やした。

バーナビーは明日から自宅で療養、つまり退院できるわけだが、彼の自宅で一人にさせるのはなんだか心配だ。
入浴中に仮死化したら?刃物を扱っている間に仮死化したら?想像すれば想像するほど恐ろしかった。

だから虎徹は、バーナビーは自分の家に住ませようと決めていた。
拒否されるかもしれない。でも無理矢理にでも住ませなければならない。こればかりは譲れない。
何よりも、バーナビーの死が怖かった。



***

『え、虎徹さんの家に?』

退院後は俺の家に来ないか、そう単刀直入に言うと、バーナビーは満更でもなさそうな声を出した。

「ああ、お前の家に比べちゃ狭いし汚いけど、来てくれよ」
『ご迷惑じゃなかったら、お願いします』

バーナビーの答えに安心し、虎徹はバーナビーに気になっていたことを問い掛ける。

「なぁ、お前が眠った後すぐ帰っちまったけどさ、大丈夫だった?」

病棟を出たところの、広くはないが緑が美しい庭のベンチに腰掛けて、バーナビーは携帯電話の向こうの虎徹の質問に答えた。

『はい、30分くらい寝てしまってたみたいです。起きたら部屋にお医者さんがいてびっくりしました』
「そっか、なんか言ってた?」
『いえ…あ、僕が急に眠くなったんだって言ったら、薬の副作用じゃないかって言われました』
医師達も本人に仮死化のことは告げていないらしい。たまたま病室にいた医師というのが、仮死化を知らない医師だったという可能性も考えたが、流石にそんな医師が呼吸の止まったバーナビーを発見したらもっと大事になっていただろう。

仮死化のことが本人に伝わっていないことに安心する虎徹に反して、バーナビーの声は不安そうだった。

『急にあんなに眠くなるのは困ります…薬を飲まなくなったら副作用も消えますよね?』
「あ、あぁ…」
『そうですよね、良かった!それなら退院したらこんな症状なくなりますね』

そのあとに続いた「良かった、ちゃんとヒーローに戻れますね」という言葉に、虎徹は苦しいほどに胸を締め付けられた。



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