「お前は背中がガラ空きなんだよ」
家に帰るとスパゲティーを用意して待っていてくれたおじさんが、録画していたらしい昼間の事件中継を見ながらそう言った。
「…録画、してたんですか?」
「あぁ、お前の戦い方とか見てたんだよ。やっぱ背中がガラ空きだ」
スパゲティーを口に入れて咀嚼しながら、僕はテレビのリモコンを奪ってその電源を消す。
今日もボロボロだった。もう見たくもない。
それを察してくれたらしいおじさんが、そんなガッカリすんなよ、と僕を宥める。
僕はそんなに酷い表情をしていただろうか。
「やーでも寂しいな、明日が最後か」
「そうですね」
「明日の朝飯までは作っといて良いだろ?」
「…朝は食べませんからこの食事が最後じゃないですか?」
えーマジかよ、とおじさんの間の抜けた声が部屋に響く。
「もっと美味しいもん食わせてやりたかったなぁ、どうせずっと店屋物なんだろ?」
「店屋物だって食べられない味ではないですよ」
そう言うと、すかさず「それは美味しいとは言わないだろ」と返ってくる。
確かに、お世辞にも美味しいとは言えない。
というか、僕は何を食べてもあまり美味しいとは思えないのだ。
「でも」
それでも、久々に美味しいと思えたのは、おじさんの決して上手ではない手料理だ。
「あなたの料理、美味しかったですよ。2日間ご馳走様でした」
「ん」
素直に褒めてみれば照れたように頷くおじさんに、どこか懐かしさを覚えた。
「僕、大事な人のことを忘れてしまったんです」
「…大事な人?」
自分でも何故この話をしようと思ったのかはわからない。
でも、気が付いたら僕は溜め込んでいたこの話を口に出していた。
「相棒、だったらしいんです。でも僕が知っている相棒は僕がこの手で殺した」
相棒とは、ワイルドタイガーのことだ。
"撃て"と言う言葉、そして床に転がる銃。僕は彼をこの手であやめた。
「撃てって言われて撃ったら…でも周りのヒーロー達は、あなたの相棒は生きているんだって…言って…」
僕がずっと信じていた相棒は偽物だったんだとみんなに言われた。
最初は意味がわからなかった。ショックで行動力がゼロになった僕を元気付けるための陳腐な嘘だと思っていた。
次に、理解する。
僕が信じていた相棒はアンドロイドで、僕はマーベリックに記憶を改竄されているのだということ。
「僕が知っている相棒が偽物だったとして、僕は本当の相棒を覚えていないんです」
覚えていない。
思い出せない。
どんなに「本当の」相棒のことを周りから聞いても、僕には全く身に覚えのない話だった。
「…それは、なんで?」
「…養父が僕の記憶を改竄したらしくて…戻してくれないまま、養父はいなくなってしまって…だから記憶を戻す術が無いみたいなんです」
やっと口を開いたおじさんに、本当は誰にも話したくないことをなんの抵抗もなく話す。
おじさんは溜め息をついてから、低い声で質問してきた。
「その、本当の相棒を思い出したいとは思う?」
凄く辛い質問だった。
もちろん最初は思い出したかったし、覚えていないことがとても気持ち悪かった。
今でもそれはそうなのだが、変わってしまった。
「…正直、思い出すのは怖いんです。…忘れたなら、その程度のものだったということですから」
「…じゃあ、思い出したくは無いんだ」
「…はい」
忘れてしまうものなんて、所詮その程度のものなのだ。
自分に必要の無いものだったということ。必要の無い記憶だったということ。
「そっか、まぁそんな深く考えることはねぇだろ?大丈夫だ、お前なら1人でなんでも出来る。そうだろ?」
「…はい」
その言葉がやけに胸に響いて、僕は泣き出したくなった。