「月夜の晩には気を付けろでは無いのか、と私は思うのだよ」

ふ、と思い出したかの様に藍染がぽつりと、しかし重たい声色で呟いた。愛のない情事の後、藍染はよくこうした問答を、どちらかと云えば言葉遊びに近い物を口にする。それは、この男の本質が言葉と言う曖昧なものにあるからか、それとも単に彼がそう言う具合の物を好むからか。果たしてそれは自分にとってはどちらでも良いことだ。どうせ、他愛の無い時間の埋め合わせに過ぎないのだから。

「どうして、そんなことを。月夜の晩は明る過ぎるにきまっとるやないですか、」

ほら、今の様に。と、僕の唇が開く瞬間に合わせたかの様に、丸い月が雲の間から姿を表した。僕と藍染の身体の向こう、開け放した窓の奥に鎮座した満月は此方を見下ろしていた。白日の太陽の様な痛みは無いものの、それに準じる目映さが僕を褥に射止めている。

「いや、だからこそだよ。だからこそ、人は月夜にこそ気を付けなければ為らない」

藍染の指先が、僕の頬をそうっと撫ぜた。輪郭に沿うようにして、耳の付け根から顎まで。そうして、その儘僕の唇の上を指の腹でなぞる。

「見てはいけないものまで、月の光に照らされて仕舞うからね」

ぷつり、と唇を割って口内に侵入してきた生暖かい指を舌先で絡めとる。幾ら穏健を気取って見せても、刀を握る指の固さに独り胸中で笑った。

「怖いわぁ…僕のことも知りすぎたら殺すおつもりなん?」

見なくても良いものとは、例えば藍染の今の、瞳のことだろうか。普段、分厚い硝子の奥に潜む鳶色がこんなにも欲を孕んで凶暴性に満ちているなんて、誰が想像し得るのだろう。

「君には私の全てを見せているつもりだけどね」

唇の端だけでそう笑った藍染の後ろで、月が又姿を消した。のっぺりとした雲が墨を流した様な夜に呑まれていく。煌々とした光は一瞬のうちに失われて仕舞った。

















月光



お茶様へ
大変お待たせしました。
お待たせしてしまった割には、あれ?みたいな感じかもしれません。ごめんなさい><
楽しんでいただければ幸いです。