蜂蜜色の夜





ギン






無様にも尻をついた地面は冷たい。己の前後左右を囲っている森は全てが黒く得体の知れない物ノ怪の臓にいる様だった。ぞくり、と肌を舐められた様な感覚に陥るのは、夜を孕んだ空気が急に冷えたからか。それとも目の前の少年が微笑んだからか。けれどもう、そんなことはどうでも良いのだ。どちらにせよ、己の命運は今尽きて終うのだから。斬魂刀を振り上げたその少年は酷く美しく、この様な最期は自分には過ぎたものなのかも知れないとさえ、男は思った。

「さようならや」

突き立て白刃がぶすり、と呆気ない程に容易く男の身体に消えてゆく。肉を、色々なものを引き千切る感触が腕へと伝わった。滴り落ちる血を払うように薙いだ刃は直ぐに元の煌めきを取り返し、まるで先の殺害を無かったかの様にして終う。

(呆気ないなあ、)

ぶわり、と噎せる様な血の臭いは人のそれも獣のそれと大差ないなとギンは思う。凪いだ今宵の空気は簡単に鉄の臭いを紛らわしてはくれないらしい。まるで、蜂蜜の様だと思った。どろり、としていて中々に纏わり付く。お世辞にも夜の色は蜂蜜の様に綺麗な色はしていなかったけれど性質は似ている気がする。屍は放置して置いて構わないだろう。流魂街の森の中にある屍肉等、対した騒ぎにはなるまい。すぱりと切り裂かれた刀傷だけで犯人を特定するのは不可能だ。ギンは足元で黒い水溜まりを描いて倒れ伏している男を見遣る。

(こいつ、誰やったやろうか)

数秒思考を巡らせて、ああ、と胸の内で手を叩く。確か自身も所属する五番隊の何席か。人当たりも良く、皆に好かれていて、そして例に漏れず藍染を盲目な迄に慕っていた、ような気がする。それの何が藍染は気に入ら無かったのか。只の気まぐれか、それとも盲目に追従するが故に見ては為らないものまで目にして仕舞ったのか。何れにしても藍染の駒である自分には関わりない事だ。大切なものを取り替す為には他人の事など気にかけてはいられない。僅かな疑いの芽を萌えさせて仕舞えば、次に眼下に転がる屍と為るのは自分。かちゃり、と神鎗を鞘におさめて踵を返す。振り仰いだ先の夜空は天を突く木々に覆われていて、月どころか星一つみえなかった。



(暗澹に絡めとられるような)





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