アネモネの亡骸/ギン乱








「私、貴方が好き。」

何時の間にか大人になっていた子供は、そう目尻を下げて笑った。込み上げる感情を抑え切れなかったような笑顔に擽ったい気持ちにさせられる。少し癖のある太陽の色をした髪はふわ、と揺れ彼女白い頬を撫ぜた。頸を少し傾ぐ仕草は幼い頃と同じ。けれども、あどけなさを削いだ、女の顔立ちだけがあの頃の侭ではないのだと僕を突き放す。 彼女の肉厚な唇がそうっと開く。紅を塗ったそれが、どうにも居心地が悪い。彼女はもう子供じゃあ無いのだとそう、告げられた。

「ずっと、ずっと、言わないつもりにだったの。貴方は優しいから、私の告白を断らないから、」

でも、ねえ、ギン。紡がれる柔らかな高音に耳朶を撫ぜられる心地好さ。知らぬ間に大人びた彼女への複雑な思いが入り混じって、僕の思考を薄い膜が覆った。あの雪の思い出が唯、僕を責める。薄い膜を内側から、じくり、と突き刺してもう一人の僕が笑った。

「―夢を、見たの。貴方を喪う、夢だった。とてもとても怖くて、恐怖した。夢から覚めても未だ、涙が止まらなくて、」

そう言って僕の頬に触れた柔らかな指先が震えていた。微かな、しかし確かな震えが僕へと伝わる。胸がぎちり、と軋んだ。

「会いに行かなきゃと思ったの。貴方に、ギンに伝えなきゃって」

語尾が震えて、重力に従った侭に彼女の指先が僕の頬を滑り落ちる。緩慢なその所作を拒むようにしか、と掴んだ。大きく見開かれた双眸から大粒の涙が零れ落ちて。はらり、はらり、と箍の外れた様に止め処なく溢れ出る涙に唇を寄せた。 啄む様に彼女の頬を嘗め上げる。舌先が焼け焦げた様に熱かった。

「すき、大好きよ、ギン、 」

それでも彼女は、泣いている。透明な水の塊で頬をしとどに濡らして。ああ。今は唯、そう唯、彼女を抱き締める両の腕さえあればいい。僕はそう思い乍、意識をそうっと手放した。


(全ては余りにも遅く)


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