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音のならない赤い絨毯、隣との距離が十分に保たれた広いソファ。barやパブと言うより、ラウンジと言った方が相応しいだろう。男、クロコダイルはあの後場末のパブにはふさわしくない高級さの滲み出るリムジンにスモーカーを乗せると、あれよあれよと言う間にダウンタウンの中心地へと車を滑らせた。ベガスの街を象徴するカジノ街の中にあっても一際目を惹くピラミッド型の建物、車は其処へと吸い込まれて行った。 慇懃な制服の男がドアを開け、さも当然と言った顔でクロコダイルは車を降りる。スモーカーはしずしずと(同僚が見たら腹を抱えて大笑いするだろう)それに続いた。

ドレスコードのあるだろうラウンジ内は、泊まり込みで着倒した服では酷く居心地が悪い。目の前に置かれた大衆的な銘柄のビールだけが拠り所だ。

「ところでスモーカー警部、つい先日も娼婦の惨殺死体が見つかったとか。もうベガス中がその話題で持ちきりでね」

クロコダイルは葉巻をふかしながらそう、冗談っぽく笑う。その言葉にスモーカーは沈黙を貫くことしかできなかった。三週間前の娼婦殺しと二週間前の娼婦殺しは、殺しの方法や凶器と思われるものが酷似しているため、同一犯とされている。最初の遺体も、喉だけではなく下腹部をめった切りにされていた。

「俺もベガスで少し店を構えていてね、こうも大きなニュースになると商売上がったりだ」

最大級の厭味とも受け取れる台詞をすらすらと吐いて、クロコダイルはスモーカーを見た。ふう、と葉巻の煙を吐き出す。不思議と怒りは沸いてこない。これが一週間前ならば怒りもしたのだろうが、今のスモーカーにはそんな気概はもう残っていなかった。メディアは連日警察の無能を掻き立て、事件を面白おかしく揶揄する連中がインターネット上にも溢れている。けれど、警察は未だ犯人に関する有力な情報を何一つ掴んではいないことも確かだった。署内にはいつしか疲弊が充満し、誰の顔にも諦観が浮かび始めている。そのことを思い出して、スモーカーは溜息をつきそうになった。押し黙ったスモーカーに、クロコダイルはクハハ、と笑うとウェイターを目で合図して呼んだ。

「嫌なことは、酒でも飲んで忘れれば良いのでは?」
「いや、この事件が解決するまで現実を忘れるような馬鹿な真似はしない。根を詰めすぎて体調を崩した同僚もいるんでな」
こんを詰めすぎて倒れた直属の部下のことを思い出してスモーカーはグラスをぎゅっと握りしめた。

「真面目な方だ」

クロコダイルは片頬だけを持ち上げて笑った。その笑みが邪悪に見えたのは酒が回った所為だと思う事にした。


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