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「スモーカーさん!大変なんです、直ぐに来てください!××ストリートです!」

朝の準備を悠々とし、さあ朝食を食べようか、という瞬間に掛かってきた着信は部下からのものだった。どうした、とスモーカーが訪ねる前に電話は切られてしまう。軽い苛立ちを覚えてリダイヤルを回しても、電話はコール音を鳴らすだけで目当ての主は一向に出なかった。どうせスモーカーに掛けた後携帯を落としたか、眼鏡を落としたかしたのだろう。いつもの部下のドジ加減を思ってスモーカーは舌打ちをした。ホウ・レン・ソウの一番最初からすら満足に出来てねぇ。何年刑事やってんだ、とここにいない相手に胸中で怒鳴ってから、それでもただならぬ部下の様子に最低限の身支度を整えるとスモーカーは現場へと駆け出した。

既に目的地の通りには人だかりができていた。閉鎖された路地の間を伺う様に群がった人々をスモーカーはその巨体にものを言わせて力尽くで進む。多くの迷惑そうな顔が、スモーカーを振り返ったがその強面をみてすっと視線を逸らした。
「スモーカーさん!」
群衆を抜けた先で、高い女の声がスモーカーを呼んだ。立ち入り禁止の黄色いテープを潜り抜ければ、部下のたしぎが此方へ走ってきた。その拍子に脚を縺れさせ、スモーカーの前に子供の様に転けた。眼鏡眼鏡、とアスファルトを叩く彼女の手に目当てのものを拾い上げ渡してやる。
「スモーカーさん、あの…」
言い淀んだその表情にスモーカーは顔を顰める。警官達が汗くせと働いている合間に、新入りだろう青年が二人ほど地面に向かって嘔吐していた。ベテランの同僚の刑事達でさえも眉根を寄せるその横で、スモーカーは例の事件が再び起きたのだと直感した。
「二人目…です」
たしぎがごくり、と生唾を飲み込んだ。普段幾らドジを踏んでいたとしても彼女はベテランだ。顔面は蒼白だったがそれでもみっともなく嘔吐する様な真似はしない。スモーカーはこくり、と頷く。犯人の目星どころか手掛かりさえ掴めていないうちに、二人目の犠牲者が出てしまった。後悔の念が襲う。けれどいますべきことは此処で立ち止まり悔いる事ではない。犯人を必ず捕まえ法のもと正当な裁きを受けさせるーー。

たしぎは胸ポケットから愛用の小さな手帳を取り出すと、スモーカーに仔細な報告を始めた。
「被害者はまた身なりから売春婦だと推測されます、実際にこの辺りの住人に聞いたところ何人かからよく見る顔だとの証言が得られました。監察の簡易な見たてによれば、殺されたのは深夜二時〜三時の間ということです。その間の詳しい目撃情報はまだ得られてません」
「今度の奴も腹を…?」
「ええ…そうみたいです。何てひどい…」
たしぎが言葉につまり、悲壮感に顔を歪めている。スモーカーは布をかけられた被害者の元へ辿り着き、その布をしゃがんでめくった。またも死顔は綺麗なものだった。この世の一切の苦痛とは無縁のような、微笑みすらしている様な被害者の顔により一層の痛ましさと同時にえも謂れぬ不気味さが募る。
「また、内臓を持ち去られています」
「むごいことを」
チッ、と舌打ちをして立ち上がりながら口元に手をさりげなく押しあてた。せり上がってきた気持ちの悪さを誤魔化すようにかぶりを振る。たしぎはその横でじっと地面を睨みつけ、義憤に拳を慄かせていた。
「どうして犯人はこんなひどいことをするんでしょう」
「さあな‥狂人の考えることなんざわかってたまるか」

「遅い到着だな、警部殿」
不意に背後から声がかかり、スモーカーは驚いて振り返った。目の前には深い隈で目の下を彩った鑑識医が立っている。ラフなパーカーに白衣だけを引っ掛けて口元に不気味な笑みを浮かべる様は日中の太陽の下にはひどく不似合いだった。
「お前か、トラファルガー。普段は死体安置所に篭ってるお前が何故ここに?」
「是非とも話題の死体を現場で見て見たくてな。こんな事件は滅多にねぇ」
「‥‥」
悪趣味だと誹れば良いのか仕事熱心だなと褒めれば良いのか。白いゴム手袋を外し乍トラファルガーは何処か感心したように呟く。
「俺の考えじゃあ、犯人は医者だな。こんなに的確に内臓を取り出すのは素人には無理だ。出来るのは外科医くらいなもんだろう…悔しいことに手際も良い」


トラファルガーのその見立が果たして正しいのかどうか、明らかにされぬままスモーカー達警察は三週間を無為に過ごした。


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