任務(FT/ジェラエル

列車は淀みなく線路の上を走る。カタン、カタン、カタタン。時折大きく揺れては互いの肩がぶつかり、悪い、と短く言い交す。窓の外の風景は目まぐるしく入れ替わるものの、その景色のどれもが山と草原と幾つかの集落だった。代わり映えのしない景色を眺めながらエルザはふう、と溜息をついた。SS級の討伐クエストだから、と普段行動を共にしているナツやグレイ、ルーシィ達はギルドに置いてきた。かわりに今回はジェラールを伴ってきている。彼の魔法使いとしての腕前は、今は剥奪されたとは言え大陸で十人に数えられる程だ。今回のクエストはSS級とはいえそう苦戦する事も無いだろう。ふ、と視線を横へずらせば目に入るのは鮮やかな青。ジェラールは隣で何やら難し気な本を読んでいた。厳めしい装丁の施された書物は随分と古いものらしく、角が酷くボロボロだった。金字で刻印された本のタイトルはエルザにはわからない文字で書かれている。ジェラールは本を読む事が好きだ、とはこうして彼がフェアリーテイルで暮らす様になってから気が付いた事だった。幼少期には勿論本なんて上等なものは周囲に無かったし、その後の八年は交わることも無かったから当然と言えば当然のことなのかも知れなかったが。
大魔闘演武でミストガンの技を真似てみせた様に、ジェラールは魔法に関してひどく器用だ。彼に言わせてみればあれはミストガンの技そのものではなく、あくまでみた目を似せただけに過ぎないらしいのだが、傍目には全くわからなかった。記憶が確かならジェラールとミストガンは直接あった事も無いはずだ。ラクサス辺りから教えられたのだろうが、伝聞だけでああも完璧にコピーして見せるとは器用を通り越して最早別の何かだ。あの時は必要に迫らてしたのだろう、と勝手に思っていたが今から考えるとあれはジェラールの趣味だったのだろうと思える。ジェラールは強力な天体魔法を自在に操ることが出来るのに、新しい魔法を習得することに貪欲だ。暇があれば古書を読み漁り、見知らぬ魔法に子供の様に目を輝かせている。現在の彼の住まいにも溢れるほど本が積まれているのをエルザは知っていた。クエストで遠方の街に行くたびに本の山が増えていくということも。本好き、研究好きなのは構わないが、せめてもう少し片付けて欲しいものだ、と思う。彼の見た目や振る舞いからは想像がつかない程にあの家は汚い。本棚に収まり切らない本達がそこかしこに山を作っている。彼に想いを寄せている女子がみたらどんなに幻滅する事だろう。けれど、そんな完璧然とした彼の本当の姿を知っているのが自分だけだということにほんの少しの優越感を覚えているのも事実だ。その事に気が付いてふ、と小さく苦笑した。ジェラールが今読んでいるものも、きっと魔道書の類いなのだろう。視線は手元を左から右へ一定の速度で動き、それずっと繰り返している。エルザはそっとその真剣な横顔を見つめた。伏された琥珀の瞳を覆う睫毛は長く、一本一本が髪と同じ色をしていて、水の様な青さを湛えている。傷一つない肌は昔と何も変わらず、相変わらず抜ける様に白い。見慣れたこの顔をフェアリーテイルの女の子達はイケメンだなんだと囃し立てていたが、エルザにはどうもそれがピンとこなかった。確かに整った顔をしている、とは思う。けれどエルザにとってその顔は見慣れたもので、美醜を断じる前にその人となりを好きになってしまったのだから今更顔形についてどうこうと思うこともおかしな気がした。そのままじい、とジェラールの横顔を見つめていても彼が此方に気が付く様子は無かった。

次の駅が近付いてきた事を報せる機械的なアナウンスが車内に流れた。次の駅が私達の降車駅だ。しかし、目的地自体はギルド本拠地であるマグノリアから鉄道で半日、さらにそこからは馬車で半日かかると聞かされている。受注時に承知していた事とはいえ改めてその距離を考えるとうんざりした。隣のジェラールがアナウンスに気が付いて顔をあげた。しおりを挟んで本を閉じる。
「もう着くのか」
「ああ、あと五分ほどで到着するそうだ。改札を抜けたあと、依頼人の手配した迎えの馬車が待っているはずだ」
「そうか」
本を鞄にしまうジェラールを横目に上の棚から自分の荷物を降ろした。今回の旅はあらかじめ遠方だと聞いていたから普段の様な大荷物は置いてきた。あまり大荷物では迎えに来てくれるという馬車に乗り切らない可能性もある。今回の荷物は手に持てるサイズのキャリーが一つ。普段と比べると余りの少なさに不安になりもしたが、最低限必要なものをピックアップして詰め込んでみると案外これで間に合う様な気もしてきた。次のクエストからは荷物を減らせるかもしれない。次第に速度を落とした列車はガタガタと音を立てて駅のホームに滑り込んだ。降り立った駅はそこそこ栄えている様で地方の主要な駅、といったところだろうか。自分達の他にも何人かの乗客が降車していた。確か依頼人は、馬車は駅の東に待たせてあると言っていた。キョロキョロとあたりを見回しているとジェラールがくい、とエルザの袖を引いた。
「こっちじゃないかな」
彼の指差す方向を見ればイーストエグジット、と書いてある。確かに、と頷いてジェラールに着いて行った。駅の東に出れば馬車が一台停まっていた。御者に話かければ頷きが返ってくる。
「フェアリーテイルの方ですね、お待ちしておりました。」
慇懃に一礼をして御者は2人の荷物を荷台へとあげた。そして馬車のタラップを降ろすと2人を中へと案内した。


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