メッサーシュミット(血界/ステザプ

死ねた


腕の中に抱いた彼の重みは、ぎゅうぎゅうと心臓を締め付ける。なんだこれ、なんだこれ、こんな感情は知らない。痛みに涙が止まらない。薄い膜でぼやけた視界で見下ろした先、腕の中であんたが薄く微笑むのが見えた。なんで笑ってんだよ、あんたは。
「あんたが死んじまったら、おれ、どうやって生きていけばいいんすか」
今、触れている体温だけが生を実感させてくれる。こんなにも近くにいるのに、別離が程なくしてやってくるのが嫌と言うくらいわかる。わかってしまう。人はいずれ死ぬものだし、とくにこの街では人の命なんて鼻紙一枚より安い。薄っぺらだ。こんな仕事をしていて、彼が死なないなんてそんな嘘みたいな事を信じる程自分は愚かだった筈ではないのに。何と無く、死ぬんなら自分が先だと思っていた。いつだって死線の最前にいるのはおれで、あんたはおれが戦って得た時間と情報で最善の道を選び取ってくれるのだ。だから、死に一番近いのはおれで、だから。
「…ざっぷ」
掠れた声、焦点の結ばぬ黄色の目はそれでもおれの顔を見上げている。名前を呼ばれて、抱き締める腕に思わず力が入った。ああ、この人を何処にも行かせたく無い。誰にも渡したくなど無い。微かに残った温もりにすがる様に爪を立てれば、仕様がないな、と優しげな双眸がいつものように笑みの形をつくり、赤に濡れた指先が頬を滑った。辿々しい指遣いで、滲んだ涙が攫われていく。瞠目すればあんたはより一層笑みの色を濃くした。
「…かってに、ひとを、殺すなよ…」
冷たい肌の温度、ひゅうひゅうと風のように耳障りな浅い呼吸。血反吐混じりの掠れた声。息を吹き掛けただけで消えてしまいそうな程に蝋燭の炎は弱ってしまっている癖に。
「スティーブン、さ、」
あんたの指がおれの顔を引き寄せるように曲げられ、さして強くない力に、けれど抗える筈もなく顔を近付けた。鼻梁と触れ合い、唇端から滴る血を舐め上げる様にして唇を重ねた。深い、こんなに深い口付けなどいままでにしたことがあっただろうか。けれど、優しく名残を惜しむように唇は離されていく。あんたの金色の目が揺れていた。薄い唇が何かを言おうとするように、一、二度開き、それでも何も言うべき言葉が見つからなかったのかあんたは薄く笑った。最期に一度、俺の名前を呼んで、その唇は閉ざされた。



[ 10/16 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -