17


(あー)

事後特有の倦怠感に苛まれている身をおこす。ぼやける視界が次第にクリアになっていき、カーテンから漏れる細い朝日がベットに筋を作っていた。シーツはぐしゃぐしゃに乱れていて、サイドのソファには昨日火神が来ていた仕立ての良いタキシードがみるも無惨に脱ぎ捨てられていた。昨晩の相手が寝ていた場所は既に空白で、冷たかった。自分の部屋に帰ったのか、と思ったが彼女の着ていた群青のチャイナドレスは未だ広いベットの端に丸まっていた。良く、耳を済ませばシャワーの音が聞こえる。取り合えず、彼女は未だ火神の部屋にいる様だ。暫くすると水音が止み、バスローブを羽織った彼女が扉の向こうから表れた。前をとめていないバスローブでは、その裸体が丸見えである。昨晩散々抱いたその躰ではあるが、だからといって羞恥心がないのもどうかと思う。

「起きたのか、火神」
「青峰…前合わせろよ、見えてんぞ」
「コーフンしたか?」
「しね」

けけ、と笑う青峰はよくもまあ、朝から元気なものだ。何時のまにか、「火神クン」と小馬鹿にした様な呼称をやめて、単に「火神」と呼んばれていた。火神も昨晩、青峰に自分の身分がバレた瞬間から乱雑な普段の口調で会話をしている。

「かは、そーだろうな。手前の好みはアレだろ、テツみてえな如何にも女の子、って感じの」
「なんで知ってんだよ」
「女の勘?」
「お前にそんな大層なモンが備わってる様には見えねえな」

黄瀬といい、青峰といい、女はどうしてこうも他人の恋愛事情が好きなのだろう。永遠の謎かもしれない。溜め息のひとつでも送って遣ろうかと思ったが、盛大に鳴いた火神の腹の虫がそれを邪魔した。

「朝食、どうする?」

腹を抱えて笑う青峰を、女だとわかっていても一発殴りたい衝動に駆られた。



怠い躰を引き摺りシャワーを浴びて、部屋へ戻った火神は軽く顔をひきつらせた。火神がシャワールームへ引きこもる前に時計はだいたい11時を差していて、今から朝食を食べるのも何だから、昼までの繋ぎにルームサービスで何か軽く食べよう、と火神は提案した。青峰に「なんか適当に頼んどいて」と告げれば青峰は既に此方を見てはおらず、内線電話を手に取っていた。それを、尻目にシャワールームへ向かったのだが、出てきた時にこんな事になるとは予想だにしていなかった。

「だから、なんでテメェが此処にいんだよ」

日向が青峰に銃をつきつけ、しかしその本人である青峰は何ら意に介する事なく悠々自適に食事を貪っているという訳のわからないシーン。一発触発と云うには咀嚼音でぶち壊されているし、和気藹々と云うには黒光りする銃は物騒すぎた。

「いい加減降ろせよ、その銃。どうせ撃てやしないんだから」

日向の方を見向きもせずに青峰は食事を続ける。テーブルの横に食事を乗せてきたのだろうワゴンがあったから、恐らく日向が運んできたのだろう。ついでに、連絡も兼ねて。がちり、と銃のセーフティーが外された音に火神は慌てた。

「おい、青峰!!挑発するなよ!」
「大丈夫だって火神。幾ら頭の固い警察様だって勢力均衡の重要性はわかってるさ」

なあ、と笑った青峰に日向は苦虫を噛み潰すどころか擂り潰した様な渋面で銃を降ろした。

「そーそ。それで良いんだよ」

チッ、と舌を鳴らした日向はぐるり、と火神の方へと体を向けた。

「おい、火神ぃ!ちゃんと説明してくれるんだろうな!」
「わかった…です」



火神から昨晩の出来事を有りの儘に聞いた日向は「ダァホ」とあらんかぎりの力で火神をぶった。

「何処の世界に正体がバレたマフィアと寝る警察がいるんだよ!」
「え、や、すんません」
「あんま怒ってやるなよ日向サン。私は火神がノッてくれなきゃ赤司んトコにでも行ってたぜ?火神の軽率さには感謝しても良いくらいじゃねえ?」

脚を組んで、まるでこの部屋の主であるかの様に青峰は二人掛けのソファに座っている。真っ赤な天鵞絨地の上等なそれは正に彼女にこそ似合っている様な気もした。その背後には、先程この部屋に青峰の着替えをもってやってきた今吉が立っている。彼の表情はいまいち読めない。笑った様に細められた目は、人当たりが良い様に見えるけれど、そんなことは無いのだろう。

「まあまあ、二人とも落ち着きいや。騒いで他の部屋にでも話が漏れたら、もっと大変なんちゃうん?」

不快そうな顔を隠しもしなかったが日向は今吉の言葉に一理あると思ったのか火神の胸ぐらを掴んでいた手を離し、机を挟んだ青峰の向かいの一人がけのソファにどかりと尊大に腰を降ろした。声のトーンを落として言う。

「この際、何処から火神の情報が漏れたかは置いておく。で、お前等は何で協力するなんて言い出した?まさか全うな市民の義務、なんて言う訳でもないだろう?」
「かは、おいおい、協力を申し出ている善良な市民サマにその態度はねぇんじゃねえの?…理由は、強いて云うならアレだな。退屈だ、退屈。人をも殺し得る退屈という名の動機だよ。見たカンジ、お前等も行き詰まってんだろ捜査。この私の協力なんて願ってもねー事じゃねえか」
「怪しいな、テメェ等がこの船で疚しい事でもしてるから、此方の動向が気になってんだろ。なあ、青峰」

日向は随分と強気だ。此処で容易に青峰を迎合して終えば、それこそ青峰の思う壺。実施つはどうであれ、「協力」ではなく「参加させてやる」というスタンスを崩してはいけない。マフィアの「協力」だなんて後々に何を要求されるかわからない。此まで黙って青峰の背後にたっていた今吉が口を開いた。

「そうやなぁ、火神君、やったか。君、初日の晩餐の時、頻りに紫原君と氷室君を気にしとったやろ…つまり、陽泉絡み…武器取引、といったトコか」

あっとる?と言わんばかりに小首を傾げてみせる。大の男がそれをしても全然可愛らしくもない。細い瞳は閉じられた侭だったが、確かに爬虫類の様な、獲物を狙う目をしていた。火神の背をぞく、と冷たいものが駆けた。しかも、今吉は初日の晩餐時だけの事で此処まで正確にあててみせた。それは、脅威だ。放っておいて、最悪陽泉の連中にでも話されたら堪らない。今までの捜査が無駄になってしまう。もしかしたらインフォーマーの身も危ないかも知れない。日向も同じ事を考えたようだった。深く、一つ溜め息をついた。

「参加させて、やるよ。青峰、精々役に立てよ」
「そこまで頼むんなら、協力してやるよ。警察に協力するのは健全な市民の義務だからな」



「まず赤司はねぇな。奴ならこんな回りくどい真似はしねぇし、自分から交渉の場に出向く事なんてありえねぇ。緑間は、あいつは兵器だとか武器だとかに興味はねぇよ。まあ、ラッキーアイテムとかになってんなら別だが…「モンシェリー」がラッキーアイテムとかねえだろ。黄瀬もねぇ。アイツは唯の愛人に過ぎねぇ」

青峰は彼等三人をまるで旧知の中であるかのように、そう断定した。或は本当に旧知の中であるのかも知れない。

「じゃあ、青峰は残りの奴……上院議員のエドワードが怪しいって思うのか?」

火神がそう問えば青峰は頷く。その顔は傲慢な笑みに彩られた侭だ。けれどそれさえも様になっている。自信に満ち溢れている青峰の態度。

「私の中では、な。何処まで私の言葉を信じるかはお前等次第だけど」
「たりめーだ、ダァホ。誰がテメェ等の言葉一から十まで信じるかよ」
「俺は、信じる」

思わず口をついてでた。日向が驚いた様に此方を見ていた。青峰も一瞬目を見開いていたが、すぐにその顏を喜色に塗り替えた。

「やっぱ、最高だな火神」

呵呵と笑う青峰を尻目に日向は声を荒げる。

「テメェ、何考えてやがる!」
「俺は、青峰の言葉に嘘はないと思うッス」

今度はつい、ではなく言い切った。なんとなくだが、青峰は嘘をついていない、そんな気がしたのだ。勘、と切り捨てられて終えばそれまでだが、火神の中ではそれが真実だった。

「やー、良い勘してるわ、火神君。ワシの知り合いにブラックマーケットで仕事してる奴がいるんやけどな、そいつからの情報や。エドワードな、奴、少し前からブラックマーケットで武器を買い漁っとる。議員さんが単独でそんな事するとは思えんから、まあ、なんや裏におるんやろうけど…」
「上手すぎる話だな」
「まあ、信じんのも無理はないけど…火神君の事もソイツから聞いた情報やで?」

ほら、と今吉が差し出したのは写真。大学の構内らしき場所で友人数人と談笑している火神が写っている。今より若干幼かったが、火神と判断出来るに足るものだった。火神が、何で、と目を見開くなか日向はその写真を今吉の手から素早く奪いとると懐にしまった。

「…わかった、エドワードをマークさせる」

日向は無線を取り出すと、一言二言話した。恐らく他の潜入しているメンバーにこの事を告げたのだろう。

「取り合えず、後で俺がルームキーパーをする時に部屋を探す」

それだけ告げると、日向は火神の部屋を出ていった。


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