青峰と火神と緑間と黄瀬

時期としては、火神達が二年生のとき。




火神大我は最近、俗に云うスランプというやつだった。ボールが上手くリングを潜らない。狙った場所に今一つたどり着かない。体育館にいても、息が詰まる。そうして何より、期待が重かった。「エース」とチーム皆が応援してくれるのは嬉しい。だけれど、例えば練習試合でどう足掻いても負けそうな局面で、「お前ならなんとかしてくれる」と言う目で見られるのが嫌だった。その重圧から逃げ出したくなった。だからこうして黙々とストバスのコートで、一人練習している。

「なあ、緑間。お前は、エースで、どんな気分だ」

偶々緑間が、ストバスのコートの横を通りかかっただけのこと。ボールをゴールに運ぶ火神を一瞥しただけで直ぐに通り過ぎようとした緑間を火神は目敏く見つけ、無理矢理に引き留めたのだ。

「いったい全体、なんなのだよ」

苛立ちを隠しもせずに、眼鏡をかちり、とあげて緑間は言った。そんな緑間に若干怯んだものの、最初の「エースとは」の質問をぶつけると彼は、ため息をついてみせた。

「知るか、もし知っていたとしても貴様に教える義務はない」

取りつく島もない、とは正にこの事か。緑間は冷たく言いはなった。けれども、火神は質問の答えがどうしても必要だった。それでもなお、と食い下がる火神に緑間は呆れた様な視線を向けた。

「そんなに知りたければ青峰にでも聞け。奴は中学高校通して「エース」という役回りしかしていないからな」




嘗ての主将、赤司は勝利を基礎代謝と定義したが、青峰にとって勝利とは義務だった。負けてはならぬ。敗北は許されぬ。試合に出ることが権利なら、勝利は義務だ。出るからには勝つ、勝たねばならぬ。エース、とそう冠されたときから、青峰のそれは始まった。誰よりも強く、誰よりも高く、コートに君臨すること。それこそが、青峰だった。

「はぁ?エースとしての資格だぁ、知らねぇよそんなモン」

休日に緑間に呼び出され珍しい事もあるものだ、と若干の好奇心に駆られマジバへと来てみればそこに緑の彼の姿はなく、代わりに赤黒い彼がいた。

「いや、緑間に聞いたらテメーのが適任だって言うから」

眼前に座る火神は見ているだけで胸焼けのしそうな程に山と積まれたチーズバーガーを片っ端から咀嚼している。くだらない事に呼び出されたせめてもの駄賃だと、山と為ったチーズバーガーをひとつ掴んで包みを破る。話を聞いていれば、火神は俗に云うスランプなのだそうだ。こんな図太い奴がよくもまあ、と思わなくもない。

「キャプテンも、皆も、俺をエースだと言ってくれるけど、俺はそれに応えられる自信がねぇんだよ」

一つ目のチーズバーガーを食べ終わった俺は、黄色の包みをくしゃりと丸めるとトレイの隅に追いやった。火神は余程悩んでいるのか、此方と目を合わせようともしない。自分から、しかも緑間を介してまで呼び出しておいて失礼な奴だ。

「俺に勝てるのは俺だけだ」

二個目のチーズバーガーに手を伸ばし乍そう呟けば火神は怪訝そうに此方を見た。漸く顔を合わせたと思えば、これか。

「何言ってんだ?」
「煩せぇな。お前の質問の答えだよ、」
「俺に勝てるのは俺だけだ、が?」

再びチーズバーガーの包みを開く。

「いいか、エースってのはなチームの柱だ。決して折れてはならぬ、負けてはならぬ、コート上の誰よりも強くあれ、詰まりはそう云う事だ」
「?」

火神が理解出来ないとでもいうように首を傾げた。ああそうか、こいつはバカ神だった。

「エースの名を冠するって事はな、チームの誰よりも強いって認められたって事だ。もしエースが相手のエースに負ける様な事があれば大抵の場合は、その試合は勝てない」
「おう、」
「つまり最強であれってことだよ」
「は?」

ああもう、本当にバカだな。日本語に難ありか。少しは自分で考えやがれ。

「だから、「俺が何とかする」っていう奴の事だ。エースの資格っていうのは、自分が最強であると信じれることだよ」

二つ目のチーズバーガーをも食べ終えた俺は、トレイにあった紙ナプキンで手を拭く。依然として得心のいかぬ顔をしている火神を残して俺は席を立った。

「俺が教えてやるのはこれだけだ、後は精々自分で考えるんだな」






態々緑間に頼み込んで青峰を呼び出して貰ったのに、結局よくわからない侭に終わってしまった。「俺は勝てるのは俺だけだ」なんて傲慢なだけの彼の台詞ではないか。青峰の所属する桐皇ではいいのかもしれないが、チームプレイが信条の誠凛ではそうもいくまい。どうするかなー、と考えを巡らせた挙げ句、関東にいるもう一人のキセキ、黄瀬にアドバイスを貰うことにした。ケータイを取りだし、前に無理矢理登録させられた番号にコールをかければ、数回の機械音の後、相も変わらずテンションの高い声が答えた。挨拶もそこそこに、緑間と青峰にも聞いた質問をぶつけ、さらに青峰に言われた言葉に対する不満を溢せば、黄瀬はあろう事か電話口で爆笑をかました。

「俺はね、青峰っちの背中ばっか見てきたからわかるんスけど、青峰っちはね、決して折れる事は無かったッス」
「そりゃ、あいつ傲慢だし」
「そうじゃないッスよ。例えばどんなに絶望的な状況でも青峰っち見てたら大丈夫だと思えたんス。青峰っちなら何とかしてくれる、そう思ってたッス」
「ああ」

確かに。と火神は思う。昨年のWCの第一試合、結果的に桐皇には勝つことができたけれど青峰個人には負けた侭だ。青峰のあの強さは敵ながら、格好良かった。試合中に憧れを感じてしまう程に。青峰の事を語る黄瀬は電話越しでもキラキラと喧しい。しかし、黄瀬はそこでトーンを落とした。

「でも、海常入って俺は漸く気づいたんスよね、ああ、エースって楽じゃないんだって」
「楽じゃない?」
「そう、チーム皆が俺を頼る。自分も苦しい状況なのにそれを口に乗せてはいけない、勝てるんだ、って余裕を見せないといけない、俺に任せろって言わなきゃいけない。大変ッス」

最後だけ苦笑めいて、黄瀬は言った。しかし、火神の脳裏には思い浮かぶ事が幾つもある。過去の試合、例えどんなに負けていても各校の「エース」と称された彼等は最後まで勝つ気で向かってきた。彼等はブザーが鳴り響くその瞬間まで、決して折れなかった。つまり、自分が一番強いと、嘘とわかっていても信じていたのだ。ああ、そうか、と火神の中で漸く得心がいった。






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